推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 満面の笑みをこちらに向けてくる成瀬さんに、視線が釘付けになる。
 しばらくの間、手の中の成瀬さんと見つめ合っていた私は、ハッと我に返り、慌てて蓮のSNSを閉じた。
 これ以上成瀬さんを見ていると、パブサしたくなる。でも、それはルール違反。
 煩悩を追い払おうと窓を開け、ベランダへ出る。
 八月最後の夜もまだまだ蒸し暑い。熱風のような空気がむわりと体にまとわりつく。
 それでも日中に比べれば幾分かはマシだ。
 私はベランダの手すりに体を預け、ぼうっと外を眺める。
 眼下にはゆったりと流れる川。せせらぎは聞こえないけれど、眺めているだけで心が落ち着く。
 この部屋を内見した時、ベランダから見える景色に心惹かれた。だから迷うことなくここに引っ越すことを決めた。
 成瀬さんもそうだったりするのかな?
 私は少しだけ身を乗り出してお隣さん宅の方を見る。
 防火用の衝立が邪魔をして、お隣の様子は窺えない。
 Scorpio(スコルピオ)のライブ以降、成瀬さんの部屋はとても静かだ。物音ひとつ聞こえない。
 今日も居ないのかな……。お隣なのに、何だか遠い……。
 大きなため息と共に、またベランダの手すりに体をくたりと預け、片手を隣人の所有空間へ伸ばしてみる。
 だけど、もちろんその手を受け止めてくれる人はいない。
 ……会いたいなぁ。
 そんな思いが頭をよぎったその時、突如玄関のチャイムが激しく鳴らされた。ドンドンドンとドアを叩く音までする。
 あまりの激しさに私は思わず飛び上がりそうになった。
 な、なに?
 恐怖で体が強ばる。
 どうしようとパニックになりかけたその時、ドア越しに呼びかけられた。
「石川さん。成瀬です! 大丈夫ですか?」
 成瀬さんの声だった。
 え? なんで? どうして??
 突然の訪問に驚き過ぎて、さらに体が強ばる。
 ドアの向こうからは、切羽詰まったような成瀬さんの声が途切れることなく聞こえている。
 混乱しながらもなんとか玄関まで行きドアを開けると、そこには顔を強張らせた成瀬さんが立っていた。荒い呼吸を繰り返す成瀬さんの額には薄っすらと汗が光っている。
 私はその姿に目を見開いた。
「ど、どうしたんですか?」
 成瀬さんのただならぬ様子に、私は慌てて声をかける。
 成瀬さんは大きく深呼吸をして息を整えると、私の肩を両手でぐっと掴んだ。
 ……え? 何事?
 体も思考も固まり動けないままの私に構わず、成瀬さんは心底安堵したように声を絞り出す。
「よかった〜。間に合った〜」