推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 照明を落としたステージ上で、樹はマイクスタンドをぎゅっと握り、儚げな表情を見せる。
 さっきまでの歓声が嘘のように静まり返り、会場全体がしっとりとした樹の歌の世界に引き込まれる。
 私も息を呑んで画面に見入った。
 樹はこんなにも歌が上手かっただろうか?
 いつもは蓮ばかりに目が行っていて、樹のパフォーマンスをあまり気にしたことがなかった。
 樹がこんなに素敵な歌声を持っているなんて気がつかなかった。
 まるで魔法にでもかけられたみたいに、私はただじっと樹を見つめる。
 樹はマイクスタンドを握る。目を閉じて自身も歌の世界に浸っているかのような、静かなパフォーマンス。
 それがあまりにも静的だったからだろうか。ふと、樹のバックで踊るダンサーに視線がいった。
 いつもはライブの賑やかしのためにたくさんいるバックダンサーだが、今回の樹のステージには、黒い衣装を纏ったダンサーが一人。
 その人は広いステージを一人で所狭しと動き回っている。
 照明を落としたステージは、樹にほんのりとライトが当てられているだけ。
 意識しなければ黒い衣装を纏ったバックダンサーなどは目に入らないだろう。
 光も当たらないダンサーが、なぜかその時気になった。
 樹の伸びやかな歌声に合わせて、しなやかに踊るダンサー。そのあまりにも綺麗で妖艶な動きに、私は目を奪われていた。
 食い入るようにダンサーの動きを追いかける。
 だけど、カメラは動きのない樹を固定して映し続けているので、ダンサーは幾度となく画面から見切れてしまう。
 私は、黒衣のダンサーが画面に映るたび、その綺麗な動きを目で追っていた。
 樹の伸びやかな歌声を体現するように、ダンサーは身体全体を使って優美に踊る。
 樹の歌が魅惑的に感じるのは、このダンサーが視覚的に演出しているからではないかとさえ思えてくる。
 ずっと見ていたい……。
 樹の歌声に酔いしれながら、気づけば私はそう切望していた。
 そうこうしているうちに、ステージ上の樹の歌が終わりを迎えた。
 始終照明を落とした状態だったステージに、ほんの少し光量が増す。
 マイクスタンドから手を離した樹が、客席にふわりとした笑みを向けた。
 スコッコたちを愛おしげに見つめる表情に、会場中から悲鳴にも近い歓声が上がる。
 しかし、私はそれどころではなかった。
 曲が終わるのと同時に、ステージからさっと舞台袖へ捌けていくダンサー。その姿に、視線が釘付けになっていた。