推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 もしかして、本当は引いてる?
 うんざりしてる?
 不安になった私は、隣の成瀬さんをちらりと見上げた。
 彼は電車の到着予定を確認しているようだった。その横顔を見つめていたら、ふと言葉が口をついて出た。
「成瀬さんの推しの話も聞かせてください」
「え?」
 成瀬さんは驚いたようにこちらを見て、ぱちぱちと瞬きをする。私は慌てて口を手で押さえた。
 なに言ってるの、私……。
「あ、ご、ごめんなさい。忘れてください」
 視線を逸らして俯く。
 楽しく語った勢いで、相手にも同じことを求めてしまった。
 話したくないかもしれないのに。
 呆れてるかも……。
 でも、どうしてか成瀬さんの“好き”を知りたかった。
「……俺なんかの話、聞きたいんですか?」
 少し間を置いて届いた声は、とても優しかった。
「もし話したくないなら、無理には……」
 恐る恐る見上げると、成瀬さんは少し困ったような顔をしていた。
「いや、そういうわけじゃないんです。ただ、石川さんみたいに熱く語れる“推し”っていないんですよ」
 成瀬さんは「困ったな」と呟いてから、私に視線を向ける。
「推しの話じゃなくてもいいですか?」
「もちろん」
 私が頷くと、成瀬さんはふわりと微笑んだ。
「じゃあ……映画の話でもいいですか?」
「え? あ、はい」
 突然の話題転換に戸惑いながらも返事をすると、成瀬さんは嬉しそうに声を弾ませた。
「よかった。じゃあ……」
 電車がホームに入ってきた。二人で乗り込み、空いた座席に並んで座る。
 成瀬さんは映画について語り始めた。好きな俳優や監督、印象に残った作品や話題作。
 私は思わず聞き入っていた。
 成瀬さんの話は面白かった。話し方が上手いのか、自然と引き込まれる。
 そして何より、その声が心地よかった。
「最近、プロジェクターを買ったんですよ。家でも映画館気分を味わいたくて」
「それは、本格的に好きな人ですね」
 少し茶化すと、成瀬さんは照れ笑いを浮かべた。