推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

「大丈夫ですか?」
「え?」
「怪我は? 気分が悪いですか?」
「い、いえ。特には……」
 慌てて立ち上がり、青年から書類の束を受け取る。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
 軽く頭を下げ、書類を鞄に押し込もうとするが、バラバラに飛び出した紙はなかなか収まらない。
 焦って力任せに押し込んでいると、横からそっと鞄を押さえる手が伸びてきた。
 びくりとして顔を上げると、先ほどの青年が手を掛けていた。
 なに?
 思わず彼を凝視すると、彼もこちらを見つめ返す。視線が絡み合い、彼は柔らかく微笑んだ。
 屈託のない笑顔に、思わず身構えていた力が抜ける。
 だがすぐに我に返った。
「な、何か?」
 鞄を抱えるようにして一歩退くと、彼は少し困ったように笑った。
「あぁ、すみません。驚かせてしまいましたね」
 頭を掻く仕草には、どこか品の良さが漂っている。
「落ち着いて。ここは人通りが多いから、少し端に寄りましょう」
 周囲を見回すと、確かに人の流れが激しい。彼の言う通りだ。このままでは邪魔になってしまう。
「そ、そうですね」
 私は歩道の端へと移動した。
 すると、彼も一緒に人波から外れる。
「あの、まだ何か?」
 怪訝に問いかけると、彼は軽く両手を挙げた。
「いやいや。下心があるわけじゃないので、ご安心を」
 その言葉に、私は思わず眉をひそめる。
 逆に怪しい。
 書類を拾ってくれたことには感謝しているし、礼も言った。それなのに、なぜまだ私に付き纏うのか。
 まさか、荷物を狙ってる? スリ?
 ……いや、さすがにそれはないか。スリがこんなに堂々と話しかけてくるはずがない。見た目も普通の通行人だし。
 でも、じゃあなぜ?
 もしかして、一目惚れ? ……いやいや。
 連絡先を聞かれる? ……いやいやいや。
 今どきそんな古典的なナンパなんて。
 そもそも、私みたいな地味でヲタクな女に声をかけるわけがない。