推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 思わず見惚れてしまう。
 やっぱり成瀬さんは子犬みたいだ。人懐っこくて、どこかあどけない。
 視線を奪われていると、彼はまた少し困ったように笑い、「行きましょうか」と駅へ向かって歩き出す。
 私も慌てて後を追った。並んで歩いていると、まるでカフェでの会話の続きのように、成瀬さんがさらりと聞いてきた。
「それで、石川さんは誰推しなんですか?」
「え?」
 いきなりの質問に驚き、言葉が詰まる。
 こんなに自然にヲタ活の話題を出すなんて……もしかして、成瀬さんも“こちら側”?
 心臓がドキドキし始める。語りたい気持ちがむくむくと湧き上がる。
 けれど私は、それを必死に抑えて、小さく深呼吸した。
 ……そんなわけない。
 Scorpio(スコルピオ)は男女問わず人気とはいえ、国民的アイドルにはまだ遠い。デビューからもうすぐ10年。朝ドラでブレイクした藤崎樹の名前は知られていても、グループや他のメンバー、楽曲まで知っている人は少ない。
 成瀬さんもきっとそう。
 もし“こちら側”なら、私がScorpioファンかもと気づいた時点で「スコッコ?」と聞いてきたはず。
 冷静に考えれば分かる。危うく暴走するところだった。
 私はScorpioが好きすぎて、語り出すと熱量が異常になる。マシンガントークで周囲の視線に気づかず、引かれることもしばしば。
 ヲタクでない人は、ただ会話のきっかけとして「誰が好きなの?」「どんな曲?」と聞いてくるだけで、興味があるわけじゃない。
 それなのに勘違いして布教を始めると、逆に会話が続かなくなる。
 それを反省して、私は外ではヲタ活を自重するようになった。
 今回もそのパターンだと判断した私は、会話を早く終わらせようと口を開く。
「推しとかは……いません」
 私の答えに、成瀬さんは少し驚いたような顔をした。けれどすぐに、またあの子犬のような笑顔を見せた。