推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

 私はただただ頬を赤く染めるしかなかった。
 黙り込んでしまった私を庇うように、成瀬さんが声を上げる。
「お前、ちょっと馴れ馴れしすぎるぞ。石川さんに失礼なこと言うなよ」
 成瀬さんがじろりと蓮を睨む。その声は少し不機嫌そうだった。
 しかし、蓮はどこ吹く風。可笑しそうにニヤリと笑うと、成瀬さんの肩にポンと手を置いた。
「まぁ、本番前だ。そんなにカリカリすんなって。千紘のことも心配すんな。俺が隣で面倒見てやるから」
 その言葉は、私を一瞬にしてフリーズさせた。
 蓮の隣で? そんな夢のようなことがあっていいのだろうか。いや、よく考えたら、もうこの状況自体が夢のようなのだが。
 夢見心地で思わず天を仰いだその時、館内アナウンスが開演三十分前を告げた。
「じゃあ、千紘。行こうか」
 ポンと私の肩を叩くと、蓮はひらりと出口へ歩き出す。
 私はハッと我に返り、慌てて成瀬さんに声をかけた。
「あの……舞台、頑張ってください。開演前にお邪魔しました」
 ペコリと頭を下げた私に、成瀬さんは目を細めて笑った。
「うん。頑張るよ」
 そんなやり取りをしていると、蓮が笑いながら「早く来い」と急かしてきた。
 私はもう一度成瀬さんにお辞儀をしてから控え室を出る。
 去り際、蓮が室内に意味深な言葉を投げた。
「そういえば、結果出たぞ。次の日程はまた連絡が入るから」
 それに応えるように、成瀬さんの「わかった」という短い返事が聞こえる。
「……話したのか?」
 蓮がチラリと私の方を見た。
 なんだろう? 私が聞いたらマズい話なのかな。
 どうしたものかと戸惑っていると、「まだ。近いうちに言う」と成瀬さんの声。
「了解。じゃあな」
 蓮は室内に向かって軽く手を振ると、そのままスタスタと歩き出した。
 今の会話……なんだろう? 気になるけれど、今は聞くタイミングではなさそう。
 私は黙って蓮の後をついて行った。
 開演十五分前。
 私たちは関係者席へと入った。席は舞台から少し離れた後方だったけれど、それでも十分に見やすい位置だ。
 舞台の幕が開くのを今か今かと待つ観客たちは、期待を語り合うのに忙しいらしい。ここにアイドルがいることに全く気づく様子もない。
「なんか、すごいね」
 私は思わず蓮に話しかけた。
「何が?」
「だって、誰も蓮に気づかないんだもん」
 私が言うと、蓮は可笑しそうに笑った。
「そりゃあそうだろ? みんな舞台を観に来てるんだ。眼中にないんだよ、俺のことなんか」
 確かにそうかもしれないけど……。