兄の住まいは四海山の頂上にございます。
碧羅国の東に位置するこの山はその名の通り、頂上から四つの海を見渡せる高く険しい山でございます。そこに、輪廻から迷い出てしまった魂や、人の世に戻るには疲れ切ってしまった魂が休めるお宿と、亭主である兄の住まう庵があるのです。
いつの頃からか朱桃庵と呼ばれるようになったここは、人の世で言う湯治場のようなものでございましょうか。
静かで穏やかな宿。そこの主人である兄は、見た目は二十代半ばほどにしか見えません。
烏の濡れ羽色の髪は背中の中ほどまで流れ落ち、端正な面立ちは黙っていれば冷たい印象を持たれることでしょう。ですが兄はいつも穏やかな表情をたたえている上、少し下がり気味の眉がとぼけた印象を与えます。
妹の私から見ても、いい男でしょう? と自慢できる兄です。
長い月日の中で、若い娘が兄に熱をあげる様を、私は何度も目にしました。
その恋心が未来へ向かう力になるのならば。
そう思っていたかどうかは分かりませんが、兄はそれらの女性を誰一人として受け入れることはありませんでした。そう。美羽蘭のことも。
彼女は、はじめは宿の客として。次に宿の手伝いとなった女の子です。
年は二十一(ここでは、亡くなった年から増えることはございません)。
少し癖のある髪を気にする、ごく普通の女の子。働き者で、いつも楽しそうに宿の客や兄の世話をする、笑顔を絶やさない可愛い子でございました。
私が遊びに来ると、いつも庭の桃からこしらえたという、香りのよいお茶を出してくれたものです。美羽蘭は、相手にあったお茶を作り、淹れることがとても上手でした。
そんな彼女の屈託のない笑顔に、切ない色が混じり始めたのはいつの頃からだったでしょうか。いつも冗談のように、
「劉帆様、大好き」
と言っては、子どものように笑ってた美羽蘭。
兄は「はいはい」とか「ありがとう」とか、他の女性にするのと同じ返事を返していました。まるで小さな子どものような扱いです。
ですが兄は、確実に美羽蘭に惹かれておりました。
それでも、そんな心を自分で認めることが出来ずにいたのです。



