とある仙女の回顧録

 雲一つない澄んだ青空。
 はらりと桃の花が舞い散ります。
 それはあの日とよく似た光景で、今にも鈴を転がすような、あの愛らしい声が聞こえてきそうです。

「ねえ、凛風(りんふう)様。旅立ちにはもってこいの日だとは思いませんか?」

 あの日の美羽蘭(みうらん)はそう言って、晴れやかな笑みを見せました。それはすべてを吹っ切ったような清々しい笑みに見え、私《わたくし》は、
(ああ。引き留めることなどできない)
 と、伸ばしかけた手を止めたのです。
 旅立ち――それが、彼女という存在が消えてしまうことだとしても……。

(私の兄が腰抜けなばかりに)
 と、苦々しい思いでいっぱいになったのを今でもよく覚えてます。
 それでも兄の劉帆(りゅうほ)がこの地で守り人の役を勤め続けたのは、ほかでもない私のためだということを痛いほどわかっていました。ですからどんなに口惜しくても、当時まだ力のなかった私にはどうすることもできなかったのです。

「それでも……あのようなことになると知っていれば、なんとしてでも止めたでしょうに……」

 守り人とは、死んだ人の魂が次の生を受けるまでの道「輪廻」からはずれ、迷ってしまったものを保護する役目を持つ者です。

 私も兄も、元は人でございました。
 ですが、幼いころ海に流された私を探した兄は、私が輪廻から私が外れていたことを知り、保護するべく人であることから離れたのでございます。
 どこにも行けず、ただ彷徨い続けていた私を、兄は見つけてくれました。そうして輪廻に戻してもらった私は、三度人として生き天寿を全うしたのでございます。

 本来浄化され消えてしまうはずの記憶を微かに持ちながら……。

 そこで私は徳を積み、仙女の長であらせられます主様にお仕えし、天界で仙女として修業を重ねました。それもこれも、人でも仙でもない兄を救えればと考えたからでございます。
 私のせいで、世界のどちらにも属さない存在となってしまった兄。

「この仕事も楽しいから、おまえは気にしないでいいんだよ。幸せになってくれさえすれば、それでいいんだ」

 そう言って笑う兄の目に、偽りの色は見えません。
 事実、私が輪廻に戻り、やがて人の世を離れ仙女になることを選んだことも、私の意志で求めたものであるならばそれでいいと思っていたようでございます。そして、私と同じように迷った魂を救う仕事も、兄の性にあっていたのでしょう。