拳よりも、強いもの〜俺たちはいつも『曇天』の中に光を掴んだ

背中を預けるということ

その夜のことは、
今でも断片的に語られる。

人数が多かったとか、
相手が荒れていたとか。

でも、
本当に覚えているのは、
音だった。

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金属が擦れる音。
靴が地面を蹴る音。
誰かの息が乱れる音。

悠矢は、
前に出ていた。

考えは、もうなかった。

視線を集める。
怒りを引き受ける。
それだけ。

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一発、もらった。

次の瞬間、
二発目が来る。

痛みはあったが、
足は止まらない。

止まれない。

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その時、
背中に気配を感じた。

近い。
でも、触れない。

(いる)

それだけで、
体が動いた。

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愁也は、
後ろにいた。

声は出さない。
手も出さない。

ただ、
立っている。

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相手が、
回り込もうとする。

愁也が、
一歩だけ動く。

それで、道が消える。

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悠矢は、
初めて後ろを見なかった。

振り返らない。
確認しない。

必要がない。

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さらに殴られ、
一瞬、視界が揺れた。

膝が落ちかける。

その時、
声が届く。

「ゆうやぁっ」

一回だけ。

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その声で、
立てた。

理由は、
今でも説明できない。

ただ、
体がそうした。

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次の瞬間、
愁也が前に出た。

静かな動きだった。

拳は、
必要な分だけ。

それ以上は、
使わない。

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空気が、
一気に変わる。

相手が悟る。

――ここから先は、
引き返せない。

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愁也が言う。

「終わりだ」

誰も、
逆らわなかった。

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帰り道。
悠矢は、何も言わなかった。

愁也も、
何も言わない。

沈黙が、
重くも、心地よくもあった。

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しばらく歩いてから、
悠矢が言う。

「……さっき」

「呼んだろ」

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愁也は、
少し間を置いて答えた。

「倒れそうだったから」

「一回でいい」

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悠矢は、
それ以上聞かなかった。

もう、
答えは十分だった。

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背中を預けるというのは、
信じることじゃない。

疑わなくていいことだ。

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その夜を境に、
二人の立ち位置は、
完全に固定された。

二番は前。
三番は後ろ。

それは、
命の並びだった。

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この話が、
武勇伝として語られるたび、
悠矢は思う。

勝ったからじゃない。

生きて帰れ。