拳よりも、強いもの〜俺たちはいつも『曇天』の中に光を掴んだ

相棒になるという選択

それは、
大げさな出来事じゃなかった。

誰かが倒れたわけでも、
派手な喧嘩があったわけでもない。

ただ、
選ばなければならない瞬間が来ただけだ。



期末試験が終わった頃。
校内の空気が、妙に荒れていた。

他校との小競り合い。
先輩たちの代替わり。
居場所を探す連中が、
あちこちで火種を作っていた。

悠矢の周りにも、
自然と人が集まる。

「一緒に行こうぜ」
「名前出せば、相手引く」

悪くない気分だった。
自分が前に立てば、
場が動く。



だが、
愁也は違った。

「数が増えるほど、
 制御できなくなる」

放課後の教室で、
静かに言った。

「全員を守れない」



悠矢は、
その言葉に引っかかった。

「守るって、
 誰を?」

「仲間だろ」

愁也は即答する。

「巻き込んだ以上、
 責任が出る」



悠矢は、
少しだけ黙った。

その夜、
小さな揉め事が起きた。

人数は少ない。
でも、相手は刃物を持っているという噂。

周りが騒ぐ中、
悠矢は立ち上がった。

いつもの癖で、
前に出ようとする。



その時、
愁也が横に並んだ。

後ろじゃない。
前でもない。

隣。

「今回は、
 俺が言う」

そう言って、
一歩だけ前に出る。



相手に向かって、
淡々と話す。

逃げ道。
条件。
落とし所。

殴る話は、
一切しない。

それだけで、
相手の肩から力が抜けていくのがわかった。



話が終わったあと、
悠矢は言った。

「俺、
 何もしてねぇな」

愁也は、
首を横に振る。

「いた」

「それで、
 十分だった」



その言葉で、
悠矢は理解する。

前に出ることだけが、
役割じゃない。

立っているだけで、
意味になる瞬間がある。



帰り道。
二人は、いつものように並んで歩く。

悠矢が言う。

「なぁ」

「俺が前、
 行っていいか」

愁也は、
少し考えてから答えた。

「条件がある」



「俺が止めたら、
 止まれ」

「無理な時は、
 俺が行く」

「その時、
 お前は考えるな」



悠矢は、
笑った。

「楽だな、それ」

「だろ」

愁也も、
小さく笑う。



その夜、
二人は決めた。

どちらが上かじゃない。
どちらが強いかでもない。

役割を分ける。

前に出る者。
後ろを見る者。



それは、
拳の契約じゃない。

言葉の約束でもない。

ただ、
同じ方向を向くという選択だった。



その日から、
悠矢が前に出る時、
愁也は必ず後ろに立った。

それが、
自然になった。



相棒になるというのは、
仲良くなることじゃない。

迷わなくなることだ。

二人は、
それを高校一年の終わりに、
静かに手に入れた。