酒好きがバレて追放された元聖女ですが、不眠症の辺境伯様と【秘密の晩酌】はじめました 〜昼は冷徹、夜は甘々。ほろ酔い旦那様の執着愛が止まりません〜

 城下町は活気に満ちていた。
 数日前の猛吹雪が嘘のように除雪され、人々が行き交っている。

「ほら、見てください。あそこでシードル売ってますよ」

 私が指さすと、酒屋の軒先で『女神のシードル』というポップと共に、私の作ったお酒が売れていた。
 女神って。
 ネーミングセンスが恥ずかしい。

「……好評のようだな」

 隣を歩くフロスティ様が、満足げに頷く。
 彼も私も変装をしている。

 私たちは今、普通の市民に紛れて通りを歩いていた。
 ただし、彼が私の腕をがっちりとホールドしている点を除けば。

「あの、辺境伯様。ちょっと腕、きつくないですか?」

「……はぐれると困る」

「子供じゃないんですから」

 彼はフードを目深に被り直しながら、さらに腕を引き寄せた。
 領民たちの手前、あからさまにいちゃつくわけにはいかないけれど。
 この距離感、なんだかむず痒い。

 その時だ。

 ジュワァァァァ……!

 どこからともなく、強烈に食欲をそそる音が聞こえてきた。
 それと同時に、香ばしい油の匂いが鼻腔を直撃する。
 ラードの甘い香りと、焦げたパン粉の匂い。

 ぐうぅ。

 私のお腹が、盛大な返事をした。

「……腹が減ったのか?」

「……不可抗力です。この匂いは反則です」

 匂いの元は、通り沿いの屋台だった。
 強面の店主が、大鍋の油の中に次々と何かを投入している。

『揚げたて! 特製牛肉コロッケ!』

 看板の文字を見た瞬間、私の足は勝手に屋台へと向かっていた。

「おじさん、二つください!」

「おうよ! 熱いから気をつけな!」

 持っていたお金で支払う。

 渡されたのは、紙に包まれた小判型の揚げ物。
 揚げたてのきつね色が眩しい。

 私はフロスティ様に一つ手渡した。

「さあ、熱いうちに!」

「……これが、コロッケ?」

 彼は怪訝そうに見つめている。
 貴族の食卓には並ばない、庶民の味だ。

 私は我慢できずに、端っこにかぶりついた。

 ザクゥッ!!

 素晴らしい音。
 衣は最高のクリスピー感を演出する。
 そして中から、熱々の蒸気が噴き出した。

「はふっ、熱っ、ふうふう……んん〜っ!」

 ハフハフしながら咀嚼する。
 衣を突破すると、そこにはねっとりと甘いジャガイモの楽園が広がっていた。
 ホクホクの男爵芋に、甘辛く味付けされた牛挽き肉の脂が染み渡っている。
 玉ねぎの甘みもいい仕事をしている。

 素朴にして至高。
 揚げ油の暴力的な旨味が、脳髄を痺れさせる。

「おいしーい! やっぱり揚げたては正義!」

 私が叫ぶと、フロスティ様も口をつけた。

 サクッ。

「……っ、熱ッ!」

「だ、大丈夫ですか?」

「……驚いた。中身が、すごいな……」

「ふふ、でも美味しいでしょう?」

 彼はハフハフと口を動かし、やがてゴクリと飲み込んだ。

「……美味い。外は硬いのに、中は柔らかい。……肉の脂が、芋に吸われて……」

 彼はもう一口、今度は大きく齧り付いた。
 気に入ったらしい。
 口の端にパン粉がついているのが可愛い。

「おい、姉ちゃんたち。これも飲みな。サービスだ」

 屋台の店主が、湯気の立つ木のカップを差し出した。

「今日は寒いからな。『ホット・エール』だ」

「えっ、いいんですか!?」

 ホット・エール。
 温めたビールに、スパイスや砂糖を加えた冬の飲み物だ。

 私はありがたく受け取り、香りを嗅いだ。
 ホップの苦味ある香りに混じって、シナモンやクローブの香りが立ち上る。
 一口飲むと、温かい液体が食道を滑り落ちていく。

 うまいっ。

 温めることで炭酸が抜け、代わりに麦の甘みとコクが際立っている。
 そこにスパイスの刺激と蜂蜜の甘さが加わり、冷えた体に染み渡る。
 そして何より、このコロッケの脂っこさを、ビールの苦味が最高にリセットしてくれるのだ!

「くぅ〜、合いますねぇ!」

 私が幸せに浸っていると、視線を感じた。
 フロスティ様が、私の手元のカップをじっと見ている。

「あ、飲みます?」

 カップは一つしかない。
 私は何気なく彼に差し出した。

 彼は一瞬躊躇し、それから意を決したようにカップを受け取った。
 そして、私が口をつけた場所を、そのまま口で覆った。

 ごくり。

「……っ」

 飲んだ後、彼はカップを口元から離し――猛烈な勢いで顔を赤くした。

「……温かい」

 彼が呟いたのは、飲み物の温度のことか、それとも別のことか。

「間接キスですね」

 私がからかうように言うと、彼は「ぶっ!」とむせ返った。

「き、君は……そういうことを、平然と……!」

「夫婦なんだから、これくらい普通ですよ?」

「う……」

 彼は赤い顔のまま、フードをさらに深く被り直した。
 手元のコロッケを齧る速度が上がっている。

 雪の降る街角。
 熱々のコロッケと、ホット・エール。
 そして、照れ屋な旦那様。

 まあ、こういう日も悪くない……かな。