酒好きがバレて追放された元聖女ですが、不眠症の辺境伯様と【秘密の晩酌】はじめました 〜昼は冷徹、夜は甘々。ほろ酔い旦那様の執着愛が止まりません〜

「お待たせしました」

 大鍋を載せたワゴンを押して食堂に戻ると、そこは異様な静けさに包まれていた。
 数十人の騎士たちが、一斉に鼻をひくつかせている。

「な、なんだこの匂いは……?」
「腹が……腹が鳴って止まらん……」

「さあ、並んで並んで! 『英雄のためのポトフ』よ!」

 私は木のお椀に、具だくさんのスープをよそって渡していった。

 ヒャルマール団長がお椀を受け取る。
 湯気が顔にかかり、凍りついた彼の髭から水滴が滴り落ちた。

 彼は震える手でスプーンを運び、スープを一口。

「……!!」

 目が見開かれる。
 次いで、大きな肉の塊を口へ。

 噛む必要なんてない。
 塩麹の力で繊維がほどけた豚肉は、舌の上でホロホロと崩れ落ちる。
 噛みしめれば、ジュワッと溢れ出す肉汁と、白ワインの酸味が絶妙に絡み合う。
 根菜はとろとろに煮込まれ、冷えた内臓を優しく撫でるように温めていく。
 そういう風につくってあるのだから。

「う……うまい……ッ!!」

 ヒャルマール団長の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

「温かい……。体が、芯から温まる……」

 その瞬間、彼の身体がぼんやりと光った。

 聖女の魔力が発動したのだ。
 頬の凍傷が消え、顔色に赤みが戻っていく。

「なんだこれは!? 魔力が……体力が回復していくぞ!?」
「傷が塞がった! すげえ!」
「おかわり! 俺にもおかわりをくれぇぇ!」

 食堂は一瞬にして戦場と化した。
 ただし、悲壮な戦場ではなく、食欲という名の活気に満ちた戦場だ。

 ヒャルマール団長が、ガバッと椅子から立ち上がり、私の前で膝をついた。

「貴女は……我らの救世主だ!! このご恩は生涯忘れん!」

「い、いえ。余り物で作っただけですし……」

「我らの女神アマレッタ様に敬礼ッ!」

『はっ!!!』

 騎士団全員が、スプーンを持ったままビシッと敬礼した。

 壮観である。

 というか、ちょっと怖い。

 使用人たちに続き、騎士団まで手懐けてしまった。
 私の目的は平穏な晩酌だけなんだけど……どうしてこうなった。