跳べない君と、はねない私

「てか、アイツ、めっちゃ姿勢綺麗だねー」

ミキナはお構い無しに、どんどん遠くなっていく翼くんの背中を指差す。

「なんか、スポーツしてたりすんの?」

あまりに自然な流れで、ワンテンポ遅れて胸が跳ねた。

他人事とミキナは、いとも簡単に核心に触れてしまう。


恐る恐る、友木くんを見ると

「あー…」

困ったような顔で口に手を当てていた。

「今は、やってない…んじゃないかな」

尻すぼみになる声。
友木くんの気まずそうな表情。

その反応だけで、充分な答えだった。
ミキナは「へぇ」とだけ相づちを打った。



翼くんは、もう滑らないかもしれない。
なんとなく、そう直感してしまった。

穴をあけられた風船みたいに、心がしぼんでいくような。
体から力が抜けた。



私は小さい頃から、どんくさかった。
スポーツは愚か、簡単なお遊戯会のダンスすらままならない。

だけど、野心だけは人一倍あって、愚図な自分を認められなかった。

親に勧められて習ったバレエも、ピアノも、なにもかも才能はなかった。

貴方は、何者にもなれないよ。

そういう事実を積み上げていく毎日。



そんな毎日の中。

初めて、翼くんの演技を見た。

中学一年生の夏。

おばあちゃんに連れられて行ったアイスショーだった。

正直、その頃の私はフィギュアスケートなんてほとんど知らない。

ジャンプの種類も分からないし、スピンの難易度なんて見てもさっぱりだった。

だけど。

広いリンクに現れた瞬間、目が離せなくなった選手がいた。

平岡翼。

照明を浴びながら滑るその姿は、不思議なくらい自然だった。

氷の上に立っているというより、氷そのものに溶け込んでいるみたいで。

一蹴りするたびに、すうっと遠くまで伸びていく。

ただ滑っているだけなのに、綺麗だった。

「綺麗に滑るねぇ」

隣で、おばあちゃんが感心したように呟いた。

本当に、その通りだと思った。

ジャンプが何回転かなんて分からない。

ステップの難しさも知らない。

それでも分かった。

この人は、特別だ。

才能だけじゃない。
それに胡座をかかない執着心を、力強い眼差しが物語っていた。

こういう人が、いつか、世界に知れ渡る人間になるんだろう。


私は、多分、こうはなれない。

どれだけ頑張っても、平凡に毛が生えた程度の人間だ。

だけど、それでもいいのかもしれない。

誰もが主役になれるわけじゃない。

世界を変える人もいれば、それを見届ける人もいる。

それならせめて、目撃者になろうと思った。

これから彼が掴む華々しい成功も。

その裏で味わう挫折も。

全部。

見届けようと思ったのだ。