跳べない君と、はねない私





━━どんな言葉でも、表現しつくせないほど綺麗です。

その言葉が何度も夢の中で繰り返されていた。



重い瞼を開けると、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。

薄暗い部屋で、枕元に置かれたデジタル時計に目を凝らす。
7:02という表示に、仕方なく、体を起こした。 一度、目を覚ましたときには、5時だったのに。


二度寝の気持ち良さは何物にも変えがたい…が、

「翼!いつまで寝てるのー?」

母親の声に急かされるように、ベッドから起き上がる。

リビングへ降りると、焼けた食パンとコーヒーの香りが漂っていた。

「今日から、パート行くから遅刻しそうでも車で送れないんだからね?」

そう言われてよく見れば、母はよそ行きの格好をしている。
冷蔵庫の中にある牛乳を取り出しながら

「え?パートすんの?」

と何気なく聞くと

「前々から言ってたじゃん!ホントに、人の話聞かないんだからー」

そういえば、そんなこと言っていた気もする。

入試やテストばかりで、すっかり頭から消えていた。

「そこ、朝ごはん置いてあるから!」

母はバタバタとあわただしく、鞄を拾い上げながらダイニングデスクを指差した。

「あと、戸締まり忘れないで」

朝から、よくそんなに喋るよな。 と鬱陶しく思いつつも

「いってらっしゃい」 と適当に返事する。

「テレビも電気も、消しといてよ!」

「はいはい」

またもや、適当に返事をすると、玄関のドアが閉まる音がした。
家の中が、一瞬で静かになる。 さっきまでの慌ただしさが嘘みたいだ。

リビングの椅子に腰を下ろすと、自然とため息がこぼれた。

皿の上には、トーストと目玉焼き。
トーストにを一口かじったときだった。




━━『世界ジュニアメダルの高井選手がアイスショーで4回転ルッツを披露しました』

さっきまで、雑音だった、ニュース番組の音。
瞬時に耳が音を捉えた。

かじりかけのパンを皿に戻し、ほぼ無意識にテレビの前まで体が動いていた。

テレビの中には、スポットライトで照らされた高井がうつっている。

薄暗いリンクの中、スピードを加速させる。
とびあがり、瞬く間に体の軸を回転させた。
降りた瞬間にぐっと踏ん張るような力みはあったが、競技会でも加点がつくようなジャンプだ。

ていうか、アイスショーの照明ってめちゃくちゃジャンプを跳ぶのが難しい。

なのに、なんであんな…。

痛いくらい心臓が鼓動し、もう朝食は喉に通りそうにない。


「もう…関係ない」


言い聞かせるように言葉にする。



…ダサい。

今の自分はとんでもなくダサい。

また、リンクにくらいつく覚悟もなければ、自分がいないリンクを想像して怖くなってばかりいる。

このまま、自分は一生、変われないかもしれない。