跳べない君と、はねない私




机に立てた参考書に鏡を隠して、もう一度前髪を確認した。
よし、崩れてない。

朝礼前の教室はテスト前の独特な緊張感が漂っていた。
その空気を読んで、参考書を出してみたものの、一文字も頭に入ってこない。
私の頭は、別の緊張感で満杯。

そんな私を焦らすように、翼くんの席はまだ空いていた。

翼くんが来る前に、もう一度確認しておきたくなってきた。
ついさっきしまったばかりの手鏡に、また手が伸びかける。


ー馬鹿。

私は、自分で右手をつねった。

何、色気づいてんの?
翼くんは、今日からただのクラスメイト。
ガチ恋オタクなんかになったら、目も当てられない。

極力関わらないようにしようって昨日、あれだけ考えたのに。
なんで、こんなに自分の見てくれが気になってるの?
馬鹿馬鹿しい。

落ち着け。落ち着け、私。

私は水筒を開けると、一気に水を流し込んだ。
冷たい水が、熱を持った頭を少しだけ冷やしてくれる。

……よし。

まだ冷静になれてる。
私は空気。翼くんにとって空気。



「おはよ」

頭上から、低い声が降ってくる。

「体調、治っ…」

「っぶ!?」

あろうことか、盛大に、水を吹き出してしまう。


「げほっ、げほ……!」


翼くんが突然声をかけてきたせいで、予想以上に驚いてしまった。

水が変なところに入って、まともに息もできない。
翼くんの制服が濡れているのが、視界に入る。


いっそ、このまま窒息死できたらどれだけいいだろう。
これが、本当の尊死ってやつ……?


「お前さ、何のつもり?」

怒気を含んだ低い声に、現実逃避していた脳が一気に冷える。

「す、すみませ……」

クラスの視線が、一気にこちらへ集まる。

入学二日目にして、推しに水を吹きかけ、クラスメイトからは好奇の目で見られる。
もう、もはや退学にしてくれ。