跳べない君と、はねない私

「それで、入学式にも出られなかったと…。」

私たち以外にも、制服を着た学生でにぎわうファミレス内。
私はオタク特有の早口で、なんとかこれまでの経緯喋り終えた。
しかし、聞いていたミキナは呆れたようにため息をついた。

入学式が終わったあと、急いでミキナに連絡をとり、自宅近所のファミレスに集合をかけた。

ミキナとは同じ中学で、偏差値も大体一緒で自然と同じ高校に進学ということになった。
ドリンクバーでとってきたグレープフルーツジュースをぐびぐびと飲むと、喋りすぎで乾いた喉に沁みる。

「え?てかこれ、凛奈の妄想の話聞いてる?」

ミキナは含み笑いで尋ねてくる。

「違う!違う!入学式で翼くん、見なかった?」

「いや、他のクラスとかまで見ないし」

ミキナは相変わらずだ。
こういう、サバサバしたところが付き合いやすいのだけど、今だけはもどかしい。
ミキナの性格が反映されたようにボーイッシュなベリーショートの髪。
悔しいけど彫刻のように美しい顔をしていた。

「よく似た他人なんじゃないの?」

「いや、翼くんって呼ばれてたもん。というかこの私が見間違えるわけないでしょ?」

ミキナは少し考えたような顔を浮かべる。

「居たとしたら、スケート辞めた?」

私が恐れていた言葉を軽々と口にした。

「縁起でもないこと言わないでよ」

「だって、西高に入ってスケート続けるって…。参考書読みながらスピン回らないと追いつかないよ」

ファンじゃないからこその現実的な意見に、思わず「ぐっ…」とわけのわからない音が出た。

愛知県名古屋市。過去に何人ものオリンピック選手を排出し続けたフィギュアスケート王国。
勿論、育成環境が整っていないわけがない。
スポーツ科の整備された高校では、大会や練習で休んでも単位が取れるように工夫されている。
しかし、どれも私立の話だ。
私たちの通うことになる西高は公立のうえ、学力重視のガリ勉高校。

「ネットで情報は上がって…」

ミキナは全てを言い終える前に、「それはないか」と自己完結した。

「だって、翼くんSNSやってないし…。それに」

「有名な選手でもないしね」

私はミキナを睨み付ける。

「だって、凛奈に出会うまで、聞いたこともない選手だったし」

「そりゃあ…まだジュニアの選手だし、そんなニュースで話題に上がるようなことはないよ」

「えー?だけど、時々出てんじゃん!期待の超新星みたいな男子も」

「また、そんな一部の天才の話を…」

翼くんは、確かにまだ、無名だ。ただ、昨年は表彰台には届かずとも全日本ジュニア5位。
アイスショーにも出演するくらいには期待がかかっている選手。
一般の人は知らずとも、アイスショーに来るようなスケオタたちの間では名前が出る選手だ。

ーーそれに、翼くんは…。

「でも、翼くんは特別だと思う」

そう言いきった自分の語尾は、思ったより強かった。
ミキナは真顔でくるくるとストローを回した。
熱くなってしまったことが、急激に恥ずかしくなってくる。

「いや!だってさ、スケーティングスキルの話からするとジュニアでは全体のトップだったし」

「ストップ!ストップ!」

照れ隠しのあまり、また早口に戻った私をミキナが制した。

「ごめん。どんなに説明されてもフィギュアはわかんないから」

落ちついて。とミキナは両手でジェスチャーをする。
そして、ミキナはニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「でも、よかったじゃん。お近づきになるチャンスじゃん」

その言葉で、押さえていた邪念が一気に溢れだす。

もしも、私と翼くんが…。

想像もできないけど、顔に熱が集まるのを感じた。

「いや、違う。私はそんなことに期待してない!期待しても良いことなんてなかったし!」

私は悪魔の誘惑を振り払うかのようにミキナに強く宣言する。

「残念。せっかく手が届く位置にいるのに~」

「私はとにかく、地に足をついた生き方をするって決めてるから」

ミキナは納得したように、頷く。

「そうだね。君はそういう奴だったね」

あからさまに煽るような笑みで、スクールバッグから参考書を取り出す。

「じゃあ、凛奈の妄想かもしれない話は置いておいて。お勉強しましょうね」

白目になりそうなのを堪える。

「そうだ…明日、休み明けテストか」

額を押さえてため息をつくと、ミキナは愉快そうに声をあげて笑った。