【応募版】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで


◇◇◇ 9 ① side story 【回想】 ◇◇◇


 妹と遠出した。別の市にあるビジネスホテルで一泊する。

 明日は、いよいよ……。
 これまで妹と過ごした思い出が沁みて、目頭がジンとする。

 伝えるか迷っていた。残念ながらタイムオーバーだけど。


 夜、妹にせがまれてオレの秘密を打ち明けた。
 両親や妹の話になって口を噤んだ。

 妹について、父と話した日の事を考えていた。


 養父と養母……透父さんと由利花母さんがいてくれた人生で、オレが二十歳の頃。他県が主な産地の、願いを叶える緑色の石を探した。地元の海岸でも見付けられた。

 ピリッとした感覚があり、手中の石を見る。青白く光っている。

 誰かに見られている気がして、顔を上げた。周囲を見渡す。
 この辺りの岩場には、オレだけしかいないんだが。側に「誰か」いる気配がある。

「……誰だ?」

「まさか我が子が、これを使ってくるとはね」

 「気配」が父の声色で喋った。ドクドクと鳴る胸を落ち着けたくて、シャツの胸元を握り締める。

 予想した通りだ。「気配」は、父の末端ぽいな。

 目を凝らすと、輪郭が薄らと見えるような気がしないでもない。意識を集中して睨み付ける。顔……口元……目……やはり、父に似ているかもしれない。

 ――掛かった。

 薄く笑む。

 確認が取れたので、容赦なく宣告する。

「単刀直入に言う」

「言うな」

「言う!」

 押し切って、口にする。

「母さんは父さんの事が好きだから。ちゃんと。父さんは何も心配すんな。遠慮もすんな。ありもしない幻想を恐れて、縮こまって生きてんじゃねぇ! 父さんが特殊なのは何となく分かるが、だからと言って本当はどうとでもできるものを、どうにもしないのは許せねぇ!」

「えっ……と? 我が息子君は、どこまで知ってるのかな? その情報は、どこで……」

「教えん。息子の勘だ!」

「そっか……ふははッ」

 楽しげに笑っている声が聞こえる。
 噛み締めるような雰囲気で、父らしき気配は話し始めた。

「息子にリークしたのは、あいつなりの『警告』だろうな。言っとくけど、僕は相当ヤバいくらい好き勝手にしてるんだけど?」

 さっきオレがした指摘への反論なのだろう。

 「あいつ」とは、きっと雪絵おばちゃんの事だな。母さんの友人の一人だ。彼女が意味深な事を言っていて、オレなりに考えて父の秘密へ辿り着いた。父は願いを叶える石「未神石(みこうせき)」の番人らしき役割を持っているのだと踏んでいる。

 話は続く。

「この一度切りだよ。僕が君ら『兄妹』の『父』になるのは」

「……妹は、どうなるんだよ」

 尋ねても、父は答えてくれなかった。
 「気配」のいる場所を睨み見定める。無表情に冷たい視線を返されている気がする。呟く。

「嘘だろ?」

 カッと頭に来て一歩、気配の方へ詰め寄る。大きな声で責める。

「お前、あいつの父親だろ?」

 父の対応は、冷めたものだった。

「……『僕』に言いたい事は、それだけだよね? 願いがないのなら、この話は終わりだ。『キャンセル』扱いに……」

「妹はオレが守る。だから消さないでくれ」

 強く、相手を見据える。
 辺りが静寂に包まれ、打ち寄せる波音が響いている。

「……君も、特殊な存在になるよ?」

 聞かれるだろうと思っていた。妹と同じ境遇なら文句もない。

「いいよ」

「世界に存在するのに、曖昧で不確かな妖怪めいたものになるんだぞ!」

「望むところだよ。アニメのキャラみたいでカッコイイじゃん」

「……僕の息子が、バカだった件で詰んだ」

 父さんの事だから多分……頭を押さえて苦笑いしているだろうなと考え至り、ニヤリと口角を上げる。

 思い止まらせたいのか、重ねて念押ししてくる。

「気が遠くなる程に、役目は重いぞ?」

「そのくらいで怖気付くかよ」

「バカだな……」

 僅かに笑う気配があった。


 父は去り際に、こそっと教えてくれた。
 「ゲーム」の事と「条件」について。

「未来で君は願いを使う。妹の為に」

 予言めいた事を言われ、ドキッとする。
 父の顔は忘れても、その二つのキーワードだけは胸に留めておいた。

 妹の好きなゲームが混ざった舞台に、特殊設定……名前が弄られている。そして何と、魔法も使えるらしい。

 気掛かりな件があって、父に頼み事をしていた。未神石を使い、願いを叶える代償について。「願いの叶う人生で寿命が短くなる」というものだが……そうすると、その後の妹を守れなくなる。

「何とかしてくれ!」

 両手を合わせて頼む。予想通り、父に確認される。

「それは……『願い』?」

「いや、コネで!」

「……」

 呆れられたのかもしれない。

「あれ? 父さん?」

 父からの反応がなくなって、オレも……とぼとぼと家路についた。



 それから妹のゲームを予習したりもした。

 妹は主人公のライバル役「澄蓮月玻璃」というキャラクターが好きだと言っていた。

 ふむ?

 進めていく内に、主人公に設定していた「澄蓮月玻璃」が死んだ。

 おぉおぉおいっ?

 何て残酷なゲームなんだ。オレの玻璃ちゃんが……っ!




◇◇◇ 9 ② 朝の空色 ◇◇◇


 兄の秘密を教えてもらった次の日。

 朝の陽が差し始める頃、兄に散歩に行こうと誘われた。夜遅くに寝たので、まだ眠たいけど……言われるまま準備して散歩に出掛ける。

 兄は白いTシャツと濃い緑色のジーパン、サンダル姿で……私は白のTシャツの上から濃い緑色で丈の長いジャンパースカートを着用している。兄の着ている物と私の着ている物の色が、たまたま被った。お揃いみたい。ちょっと照れるなぁ。

 街中を通り過ぎ、進む。大きな道路を渡って、ショッピングセンターのある方面へ向かっていた。

 お兄ちゃんは、あのショッピングセンターへ行きたいのかな? でもまだ開店前だよね?

 前方にある大きな建物を見て首を傾げる。


 兄に続いて歩く。ショッピングセンターの駐車場を横切り、海沿いの歩道に出る。

 水面に陽が射し、キラキラと光輝いている。
 魚が跳ねたのを見た。

 兄を追い越して、海を眺める。辺りは大分、明るくなっている。

 あれ? このシチュエーション……既視感がある。
 ……あっ! そうか。逃避行ルートの最後の舞台に似ているんだ。最後は……。

 思いを馳せる。


「オレ、『魔術師』なんだ。この世界でのジョブ」

 話し掛けられ、振り向く。

 兄を瞳に映す。
 数メートル離れた位置に立つ彼は、笑っている。

 何だ……冗談かぁ。

 昨日の話も、信じがたいものだったけど。『魔術師』かぁ。いくら、ここがヘンテコな世界であっても。さすがに魔法とか、そういうのは……使えない筈……だよね?

 しかし思い至る。

 殺人鬼役の人が「かまいたち」のような……多分、あれは「ブレイク」っていう魔法なんだけど……あれを使えるって事は。もしかして、私も使えるのかな? 玻璃ちゃんが使っていた魔法を。

 試してみたくなる。でも、魔法を使うには呪文を唱えないといけなくて。魔法を使えるかどうか試す……イコール中二病全開な姿を晒すって事だから、絶対に一人の時にしかできない。

 お兄ちゃんは……『魔法』を使えるのかな?

 たとえここが、魔法を使える世界だったとしても。兄は使わない気がする。呪文を暗記するの、苦手そうだから。

「『魔術師』なら、願いを叶えてくれる?」

 半分、茶化した体で聞く。
 兄が目を細める。どこか陰のある眼差しを向けられる。

「我が妹は、このオレに何を望む?」

 兄も私のおふざけに乗ってくれた。だけど私は少し寂しくなって、笑って誤魔化す。

「フフフ……」

 願い事は、ずっと前に散っている。

 小さい頃の私は、結婚なんてしないつもりだった。兄と離れて暮らすなんて想像もできなかった。
 兄と結婚できれば言う事なかったのにな。血も繋がっていないし。
 私はもうタイチ君と結婚したし。もしも再び元の世界に戻ったとしても、タイチ君と暮らす。お兄ちゃんには迷惑を掛けない。

 雨上がりの世界と同じくらい、朝の空の色が好きだった。私の好きな色を背景に、兄が笑っている。

 この旅行が、きっと最後になる。もし明日以降も生きていられるなら……今日の思い出を一生の宝物にするから。


 遠くの方で……さっき私たちが通って来た駐車場の方で、うろうろしている人がいる。
 灰色のパーカーを着ていて、フードを目深に被っている。「長袖とフードが暑そう」と目に留まった。

 ……まさか。殺人鬼役の人?

 唾を呑み込む。
 眺めていると、違う方向から声を掛けられた。

「捜したよ」

 パーカーの人物ではない。左側を見る。ショッピングセンターのある方からこちらへ、誰かが駆けて来る。

 目を瞠る。

 水色の半袖シャツと黒いズボンという出で立ちのジン君は、息を切らした様相で汗を拭っている。

「スマホの電源を切ってるよね? 全然連絡がつかなくて、皆も心配してたよ」

 ジン君に指摘されて「あっ!」と気付く。昨日、兄に言われて切っていたんだった。

「ゴメン……。お兄ちゃんに言われて……」

 ゴニョゴニョと言い訳する。

 それにしても……ジン君は何故ここに? まさか殺人鬼役は……。

 疑いの目で見る。
 彼はキョロキョロと、周辺を見回している。

「ねえ、タイチ……まだ来てない? 先に、こっちへ来てる筈なんだけど」

 聞かれて驚く。

「え? タイチ君? 来てな……」

「紫織っ!」

 答えている途中、唐突に呼ばれた。
 ハッと顔を上げる。

 私の、本当の名前……!

 兄に腕を掴まれ、引き寄せられる。抱きしめられた。

 多くの出来事が、一瞬の内に起きた。

 さっき眺めていたパーカーの人物が、私たちの間近にいるのを見た。その人の被っていたフードが、風でめくれる。知っている人だったので一拍、息が乱れる。

 聞こえる。

「ブレイク」

 何もできなかった。

 兄の体が重く、もたれ掛かってくる。
 思わず閉じてしまった目を開くのが怖い。

 私を庇って、兄は……。