【応募版】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで


◆◆◆ 3 君だけいればいい ◆◆◆


 その後、玻璃と二人で帰った。
 民家の並ぶ通りから、更に細い道へ入る。坂の途中で聞く。

「なぁ。本当に、ほかに何も狙いないの?」

 玻璃が立ち止まった。確認する。

「あるんだな?」

 押し黙った相手の様子を目にして焦る。要求してしまう。

「言って」

「……言いたくない」

 拒まれて焦りが増す。ダメだと自制しようとする考えも非力だ。頭より心が口を出す。

「何で?」

 彼女は言葉を呑むような間の後、双眸を曇らせ俯く。

 責めたくないのに。オレは一体、何をやっているんだ……?
 このままでは、玻璃に嫌われる。そう危惧しているのに。口走ってしまう。

「……やっぱり。オレに好意があるって言うのも、その狙いの為?」

「そうだよ」

 玻璃の返答に、目を見開く。衝撃が、胸の拍動を強める。

「は……はっ、やっぱり、そうだよな」

 強がって笑うのが精一杯だった。この場を誤魔化すぐらいしかできねぇ。

 最初から、おかしいと思ってたんだよ。こんなに性格よくて可愛い子が、オレの事を好きだなんて虫がよ過ぎる。

「私は……自分の欲望を叶える為に動いている。タイチ君の事なんて、一ミリも考えていない」

 追い討ちを掛ける如く言われた。睨み返す。

 グサッとくるなぁ。でも、これが現実だ。ちゃんと直視しろ、オレ。
 今は一ミリも好かれていなくても、これから死に物狂いで頑張れば……未来では少しくらい好感を持ってもらえるかもしれない。

 少し前まで「やっと両想いになれた」と、思っていた。凄く嬉しかった。

 だから、もう……彼女抜きの人生なんて考えられない。

 眼差しを返される。

 普段の弱気で可愛い彼女も、時々見せる凛とした意志の強そうな彼女も。玻璃の全てが、オレのものだったらいいのにと願いたくなる。

 視線を定めた。


 ひと時、心を落ち着けようと瞼を閉じる。息を吐く。力を抜いて尋ねる。

「玻璃の叶えたい事って何? オレにできる事があれば、協力するよ」

 玻璃が目を大きくしている。
 綺麗な双眸に視線を注がれる。息を止めたような間の後に、打ち明けてくれた。

「分不相応だって分かってる。でも……。タイチ君との、赤ちゃんが欲しい。今の私じゃまだ全然、あなた好みの女性になれていないから……到底、無理なのは分かってる。るりちゃんや、ほかの子たちを見習って……私の事も好きになってもらえるように励むから……これから……その……誘惑してもいいかな?」

 上目遣いで聞いてくる。

 え? オレに聞くの?

「えっと……うん。いいよ……?」

 頭をどこかに打ち付けた時くらいのインパクトがあって、視線を彷徨わせていた。

 おかしい。薄ら予想していた方向の『狙い』と違うぞ? それに、えっと……? つまり玻璃は――……オレにベタ惚れって事なのか?

「えっと……その……」

 小さくて可愛い声を耳が拾う。半ば呆然としているオレの眼前で……玻璃が手を、もたもたさせている。

 まさか?

 相手がしようとしている事を察して目を見開く。彼女の手を掴んで問い詰める。

「待って。未来で、オレたちは夫婦だったんだろ? なら……もちろんキスや、それ以上の事も……したんだよな? 何で、そんなに挙動不審なの?」

 玻璃が俯いたので、合わせていた視線が外れる。

「した事ないよ」

 伝えられた内容を……すぐには呑み込めず、小さく呟く。

「……え?」

「結婚式に一度、キスした事があるだけで。ほかは、何もないよ」

 ぎこちない微笑みを浮かべている姿を目にして、胸が痛む。

 どう言う事だ? オレなら絶対……。

 玻璃は暗い顔で俯いている。……意を決する。
 言っておく。

「結婚式のキス以外は、初めてって事だよな? よかった。オレも、その…………上手くできなくても、大目に見てな」

 彼女の唇に触れる。

 終えて目を開く。相手の頬に、涙が伝っている。
 言い訳を聞いた。

「ごめんね。こんな、泣くつもりじゃなかったのに。望みが叶ったみたいで凄く……感動してしまって。ごめん」

 手で拭って止めようとしている素振りに見えた。だが、彼女の意に反して涙が止まる気配はなく……どんどん溢れている。

 引き寄せて腕に囲む。細さと柔らかさに緊張する。布越しに感じる体温が心地いいと同時に、胸の奥を忙しなくさせ落ち着かない。

「こっちこそ……ごめんな」

 多分、玻璃よりオレの方が戸惑っていると思う。精一杯、悟られないよう装い……未来での所業を詫びる。

 腕の中にいる玻璃が、ふるふると首を横に振っている。

「私、あなたのハーレムに馴染めるよう頑張る。だから……傍にいさせてほしい」

 ハーレムに加えてほしいと頼まれたけど。

 未来のオレは何で、ハーレムを作ってたんだ?
 何で……玻璃に手を出さなかったんだ?

 一抹の不安が、脳裏を掠める。

 だから本意を伝えられなかった。「君だけいればいい」……と。


 玻璃に関する噂が流れているのを知った。

 噂の内容を聞いてみると、何股もしているだの素行の悪い先輩と繁華街を歩いていただの……といったものが多いようだった。気分が悪くなってくる。

 けれど、それらの噂はデマだと分かっている。玻璃は逆ハーレムを作ろうとしているから「何股もしている」と他人から思われる事があったとしても。「素行の悪い先輩と繁華街を歩いていた」とされる日時に、彼女はオレといたのだ。

 噂の出所に心当たりがある。以前、玻璃を屋上へ呼び出していた「拓馬」の台詞が、脳裏に甦る。

『オレの言う通りにしないと、悪い噂をばら撒く事になる』

 玻璃が拓馬の告白らしき誘いを断ったから、逆恨みされていると思った。




 最近……玻璃は四人のクラスメイトと仲がいい。

 自分の席から右斜め前……教室前方の出入口近くで喋っている玻璃を見ている。件の四人のクラスメイトたちが、彼女の周囲を陣取っている。

 やや灰色がかった髪色の、背の高いイケメンは仁だ。普段は無口な奴で、他人にあまり興味がない様子だったが。玻璃には心を開いている印象を感じる。いつもヘッドホンをしていて、授業中も耳には当てていないが、首には掛けている。ないと落ち着かないらしい。

 その隣にいるのが三弥。小柄な体格で目が大きく、女子の間で美少年と謳われている。祖母の影響で和菓子が大好物と言っていた。最中やあんみつなどを学校へ持ち込んでは、昼飯の後で女子らとティータイムしている。好きな食べ物は干し柿。

 椅子じゃなくて机に座っているのは恭四だ。あの四人の中で一番、背が高い。肩下まである黒髪を後ろで一つに結んでいる。恭四は喧嘩っ早い。とにかく、口より手が出る。但し女子には頗る弱い。複雑な家庭環境で育ったようだ。明るくカラッとした、裏表のなさそうな性格だが……時々、陰のある表情をするのが気になる。

 黒板前の自分の席に座して、本のページをめくりながら会話に参加しているのは賢吾だ。眼鏡を掛けていて、茶色っぽい髪はスッキリと整えられている。秀才な見た目を裏切らない、真面目な奴だと思う。父親がゲーム会社に勤めていた経歴があり、玻璃の好きなゲームの製作にも関わったとか……噂話で聞いた事がある。

 オレは焦っていた。

 四人には、オレと玻璃が付き合っている事を告げ……釘を刺したけど。効き目あるのか?




 次の日の放課後、玻璃を家に誘った。
 自室に入り荷物を置く。彼女の方へ向き直り、口にする。

「もう誰か……オレのほかに、お前の逆ハーにメンバーはいるのかよ」

「えっ? いないけど。…………当てはある」

 玻璃の返答に一拍、息を呑む。

「誰だよ」

 自制する選択肢も、かなぐり捨てて問い詰めてしまう。
 何か……言いにくそうな間の後で、打ち明けられる。

「お兄ちゃん」

 玻璃から、その人物を挙げられるとは予想していなかったので動揺する。言わなくていい事を口走ってしまう。

「兄妹で?」

 玻璃が反論してくる。

「血は繋がってないよ」

 ――知ってるよ。だから心配なんだよ。

「…………はーー……」

 胸の中にある、淀んだ黒いものを吐き出したかった。長い溜め息をついて、自分を落ち着けようとした。

 玻璃が、澄んだ明るい目をして言ってくる。

「がむしゃらに、やれる事はやる。そう決めたの」

「ダメだ」

 食い気味に断じる。

 我慢するのも限界に近付いている。
 はっきりと伝える。

「どこにも行かせない」

 そろそろ分かってほしい。

 玻璃が、オレから離れようとする如く後退する。だから部屋の端に追い詰めて、ドアに壁ドンした。相手は、オレから顔を逸らす。

「今日、お兄ちゃんに色々教えてもらう約束してるし、もう帰らないと」

 彼女の言い分を聞いてますます、このまま帰す訳にはいかなくなった。

「煽ってんの?」

 本人にそのつもりがなくても。オレは十二分に煽られている。

 尋ねてすぐ……返事を待たずに目の前の頬へ口付ける。
 玻璃が、こっちを見る。

「オレと、すればいいじゃん。練習」

 玻璃が必要だと言うなら。全部、オレとすればいい。ほかの奴に触らせたくない。
 抱きしめて、心の内に願う。

「だって、心の準備がまだ……」

 呟きが聞こえ身を離す。彼女の頬が薄ら赤い。
 緊張しているのは自分だけではないように感じて、少し安堵する。

 先程キスした頬に触る。
 歪んで見える、潤んだ双眸に見つめられる。