◆◆◆ 2 思惑 ◆◆◆
「動物に例えるなら、タイチ君は猫っぽいよね」
桃井野が悪びれもせず、新たな話題を振ってくる。
「何でだよ」
イライラしていて、ぶっきらぼうな口調で聞く。
「何となく」
桃井野の返答に、ムカッとする。
「ねっ! 玻璃ちゃんも、そう思うよね!」
桃井野が、後方を歩いている玻璃に話し掛ける。
一時、イライラとムカムカが引っ込む。玻璃を窺う。
彼女は、きょとんとした顔でこっちを見てくる。少し間があったのちに、答えをもらう。
「確かに。野良猫というより、飼い猫の……」
そ……そうなのか?
目が横に細長くて……若干、三白眼気味なのと。八重歯があるからかもしれない。それとも、性格面なのか……?
「ほらーっ! 玻璃ちゃん分かってる!」
桃井野が、玻璃に抱き付いて主張する。
いや、お前は何様なんだよ。
玻璃より、オレの事を分かっているとでも?
ムカムカムカ、イライライラ。
「玻璃ちゃんは、ウサちゃんぽい! 落ち着いてて、優しいところとか! 絶対そう!」
桃井野がテンション高く、玻璃にまとわりつきながら言う。
ウサギは可愛い。玻璃が可愛いのには同意するが、何なんだ。桃井野……お前は一体、何なんだよ。玻璃とベタベタしやがって。オレがしたい事を、横取りするんじゃねぇ……!
「私はっ? 何に似てる?」
桃井野が、玻璃に尋ねている。
「犬じゃね?」
言ってやる。桃井野の性格は、一年の時に知った。
「お前、嫌いな奴にギャンギャン吠えてるだろ。近所にいる犬にそっくり」
恨みを込めて暴露する。
玻璃に気に入られたいのか知らねーけど。今の桃井野は大層、猫を被っている。本性は狂犬だと、玻璃に教えておかねーとな。
「ひっど! ちょっと! 玻璃ちゃんにバラさなくてもいい事でしょ?」
桃井野が恨めしげに叩いてくる。少し痛かった。それから……玻璃に見えない角度で、すんげーきつい顔を向けられた。女子って……あんな化け物もびっくりしそうな、キョーレツな顔をする事もあるんだな……。
玻璃の口数が少ない。様子に違和感を覚え、声を掛ける。
「ごめん。ちょっと、考え事してて」
少しぎこちなく笑って返す玻璃の……顔色が悪い気がする。
桃井野の家は、オレと玻璃の住んでいる地区より手前の地区にある。桃井野と別れた後、玻璃といつもの道を帰る。
先を歩く玻璃の背を見つめる。
会話もほぼなく、坂道を上る。
オレたちの家の近くには、いくつか小さな畑があって……坂道と畑の境が石垣になっている場所がある。差し掛かって呼び止める。
あと、もう少しで……玻璃の家に着いてしまう。確かめておきたかった。
「怒ってんの?」
尋ねたけど、返事がない。
「玻璃は何か……気に入らなかったんだ」と直感する。「オレと同じならいいのに」と思う。
オレは、玻璃と二人だけで帰りたかった。玻璃は、どう思っていたんだろう。
「オレたち……今、付き合ってるよね?」
昨日、うやむやになってしまっていたけど。そういう認識で合っているんだろうか。
玻璃が振り向く。
不安げな……痛みを堪えているような、どこか切ない眼差しで見てくる。
彼女の唇が小さく、けれど確かに返事を紡ぐ。
「は……い」
よし。確認が取れた。今日は遠慮しねぇ。
「どういう事か、分かってる?」
問い掛ける。
玻璃が可愛らしく首を傾げているのも、本人は意図せずやっているのだと……長年、共にいるから分かっている。
これ以上、野放しにしたら危険だ。
手招きする。
近付いて来た玻璃に、耳打ちすると見せ掛けて……耳へキスする。
彼女は耳を押さえて数歩、後方へ退く。
言っておく。
「つまり……玻璃の『手伝い』とかじゃなく正式に、こういう事をしてもいいって事だよな?」
……玻璃は、オレの彼女だ。
玻璃が許してくれるなら。オレは一秒だって、早く近付きたい。
焦っていた。
あの、拓馬とかいう……いけ好かないヤローが、何か仕掛けてくるんじゃないかと。
玻璃に逃げられた。
呆然とする。畑の横に独り、立ち尽くしている。
相手の頬が、赤くなっていたのを思い出す。
急ぎ過ぎたのではないかと、反省した。
休みが明けた日。教室の自分の席から、玻璃を見ている。
そのまま見るのは、周囲の奴らに突っ込まれそうなので。机に伏せ、寝ている体で眺めている。
「1、可愛い」「2、性格いい」「3、オレの事が好きだと言う(オレも好き)」……こんな子が、目の前にいる。
本当に玻璃は、オレの事が好きなのか……疑わしく思えてくる。
最近……オレに都合のよ過ぎる展開が多くて、逆に……何かの陰謀に巻き込まれている最中とかなんじゃないだろうかなどと、深読みしたくなってくる。
誰かが机の横に立った。
「わあ……ストーカー? 目ぇヤバいよ?」
桃井野に気付かれてしまった。しかし、オレは玻璃から目を逸らさない。
迷走する玻璃への思いを、桃井野に相談する。
「何で、オレなんかが好きなんだろう……。詳しくは話せないけど、オレがほかの女子と仲良くしてもいいって言われた。その内の一人にしてほしいって」
「本当に……?」
聞こえた呟きに、違和感を覚え見上げる。桃井野の目に、不穏な気配を感じる。
その日の放課後。オレと玻璃と桃井野……再び三人で帰る流れになった。
校門を過ぎた頃、桃井野がオレの腕にしがみついてきた。
「ちょ……っ! くっつくな!」
「えっ、いいじゃーん」
払いのけたかったが意味深な含み笑いをされた為、何か意図があるのだと気付いた。
しかし奴は、とんでもない事を言い出すのだった。
「私、結構……タイチ君の事、好きかもっ!」
「えっ」
オレが凄く迷惑な心情を、顔で表明した為かもしれない。ヒソヒソした声で文句を言われる。
「嫌そうにすんなっ! 合わせろ! 話をっ!」
大丈夫なのか……? オレ今、とんでもなくマズい状況なんじゃね?
玻璃の微笑む気配がして顔を上げる。オレと桃井野を追い越して先へと歩む背を見つめる。
差した陽で一瞬……彼女が霞んで見える。
光に溶けて消え入りそうな儚い幻が、脳裏に過る。
目を逸らせば、いなくなってしまうような絶望に似た予感がする。
「ねぇ、玻璃ちゃんっ!」
さっきからオレの腕にまとわりついている桃井野が、玻璃を呼ぶ。
そして、またしても。とんでもねー事を言い出す。
「タイチ君って、格好いいよねぇ?」
なっ……? おまっ……! 何て事を聞いてるんだよ!
…………いや、むしろグッジョブと言った方がいいのか?
玻璃は何と答えるんだ……?
オレの好きな人は、女神の如く微笑んで言う。
「うん。とても格好いいと思う」
……っ!
感嘆しそうになって、自分の口を押さえる。
彼女の話は続く。
「とても素敵で、優しくて、可愛くて、ちょっと……おっちょこちょいで。私には計り知れない、つらい過去を抱えていて。それなのに、私とも向き合ってくれて」
えっ……と。それって、本当にオレの事なのか? 殆ど自覚がないんだが。特に「つらい過去を抱えていて」の部分が引っ掛かる。本気で……オレの話じゃない気がしてくる。
「だから、タイチ君がつらい時に傍にいて支えてくれた人に凄く……感謝しているの。私には勇気がなくて、何もできなかった。手を伸ばす事もできなかった……から。今度こそ変わりたい。胸を張って、好きって言えるように。るりちゃんみたいに可愛くて、優しくて、明るくて、性格もいい素敵な女性になって……ハーレムの一員としての役割を、しっかりと担えるようになりたい」
玻璃の桃井野への評価がおかしいのは、脇へ置いておこう。今は、それどころじゃない。
玻璃の声は小鳥の囀りのように可愛らしい。だが、どこか年上めいた落ち着きがある。
彼女は明るく微笑んでいるのに、何故か泣いているイメージが重なる。
この時……オレは気付き始めていたんだと思う。
多分、玻璃の言う「タイチ君がつらい時」というのは……未来のオレが経験した事なのだろう。今までのオレは、これといって「つらい時」らしき経験をしていない気がする。
未来の「つらい時」のオレは、玻璃と少し距離があって……玻璃じゃない人物が、傍で支えていたのか……? 何があったんだ?
考えている最中に、腕を引っ張られる。桃井野が耳打ちの体で言ってくる。
「何この子。ツッコミたいところは色々あるけど。ちょーいい子じゃん」
桃井野はニヤつく顔を隠しもせず、肘でオレの腕をつついてきた。
「何か狙いがあって好きなフリしてるのかと思ったけど、タイチ君にベタ惚れじゃん?」
桃井野の言動を真に受けそうになる。しかし直後、浮ついた気持ちに冷水を浴びせられるような事態へと発展する。
「えっ? 狙い……?」
玻璃の肩が、不自然に揺れるのを見た。視線を彷徨わせ言い淀んだ様子が、どこか後ろめたそうにも見える。
愚かにも舞い上がり掛けていた心が、寸前で静まる。
玻璃の、この反応……。やっぱり、何か狙いがあるのか?
――だから、オレの事が好きなフリをしてる?
「ごめんごめん。玻璃ちゃんが純粋に、タイチ君を好きなのは十分に分かったよ。二人……末永くお幸せにねっ!」
能天気なのか、オレと玻璃の関係を掻き乱したかったのか。
桃井野は上機嫌で先に帰った。

