◆◆◆ 1 幼馴染の様子がおかしい。 ◆◆◆
幼馴染の様子がおかしい。
彼女は言う。
「あなたの築くハーレムの一員になりたいんです。私も入れてくれませんか?」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに目を逸らす……オレの幼馴染――澄蓮月玻璃を凝視する。
通う中学の……白と紺色の布が使われた制服姿で、胸の上くらいまである束を二つに分けて肩上で結んだ髪型をしている。くりっとした目が、とても可愛い。
そんな子に、オレは今……何と言われた? ハーレム?
現在。オレと玻璃は、玻璃の部屋で二人きりのシチュエーションだ。
玻璃とはクラスメイトで、学校帰りにここへ寄った。「大事な話がある」と言われていたので、何の話だろうと少し緊張する。
「私、記憶がある。前世の」と、打ち明けられたのには驚いた。「オレへの、愛の告白かもしれない」と期待していた分、落差で動揺している。
玻璃は前世で好きだった人を振り向かせる為に、自分に自信をつけたいらしい。奥手で純愛志向な自分を変えたいと言っていた。その為に、逆ハーレムを作ろうとしているというのも聞いた。
彼女がオレじゃない別の奴を好きだという事実に、モヤッとする。
……だが、これはチャンスだ。手伝うフリをして、オレに意識を向けさせる。
「いいよ。手伝っても」
口にした直後に、押し倒して見下ろす。
「付き合ってください」
不意に言われ驚いていたところへ、あのセリフが紡がれたのだった。
「あなたの築くハーレムの一員になりたいんです。私も入れてくれませんか?」
困惑が大きい。思わず呟いていた。
「オレの、ハーレム?」
さっきの前世の話といい……玻璃は、ファンタジー小説の読み過ぎなんじゃないか?
……と、半分程は疑っている。中二病過ぎる内容の話だ。
それに。オレ……ハーレムものより、純愛ものの方が好きなんだけどな。
戸惑いつつも、大事な件を確認しようと口を開く。
「えっと……それって、もしかして……違ってたら、本当にゴメン……えっと……オレの事が、好きって事?」
漸く尋ねる。言ってしまってから焦る。
わーー! オレ、何言ってんだっ?
脳内で慌てまくっている時に、玻璃が頷くのを見た。
頷いた……? えっ? 頷いたぞ? えっ? ……えっ???
「ずっと……ずっと、あなたの事が好きでした」
……好きな子から、告白された。
小説の主人公になったかのような、物凄い幸運だ……。この先の人生で必要な運を、使い果たしていないか心配だ。
真っ直ぐに、見つめられる。
「私も、あなたのハーレムに入れてください」
再び要望され、思考が一旦止まる。
やっぱり……どういう事なのか、詳しく説明してもらわないとな。
「本当は、逆ハーレムのメンバーが揃ってから言うつもりだったけど」
玻璃が聞き捨てならないワードを口にした。まさか彼女……本気で逆ハーレムを作る気なのか?
すぐさま提案しておく。
「たくさん交友関係を広げるだけじゃなくて……一人と、もっと深めるっていうのはどうかな?」
「え……?」
玻璃の視線が彷徨っている。何か聞きたそうな眼差しを返される。
彼女から手を離し、身を起こす。
さっきから、気配を感じている。
「詳しい話は、明日聞かせて。そろそろ帰るよ」
伝えると、玻璃は少し……しょんぼりしたような表情で視線を下へ落としている。
そんな様子を眺め、嬉しく思う。
オレもまだ帰りたくないが、仕方ないんだ。彼女にも告げる。
「お兄さんが怖いし」
ドアの方へ目を向けた玻璃は「ひゃっ!」と声を上げる。ドアの隙間が広がる。部屋へ、お兄さんが入って来る。
すげー不機嫌な顔してるな。
お兄さんは玻璃に「コーヒーを淹れてきてほしい」とかいうテキトーな頼み事をして、彼女を階下へ追い出している。
この後。玻璃のいない部屋で、お兄さんと交渉した。
お兄さんと玻璃は、普通の兄妹ではない。以前から、血は繋がっていないと聞いていた。
だから、オレは恐れていた。いつか玻璃を、お兄さんに取られるかもしれないと。
「彼女、逆ハーレムを作りたいらしいですね」
黙ったまま睨んでくるお兄さんへ、先に切り出す。
「学校では、さすがにお兄さんも邪魔できないでしょうし……オレが可能な限り、阻止しておきますよ。彼女が逆ハーレムを作るのを妨害します。その代わり……条件を呑んでください」
ニヤリと目を細め、お兄さんへ要求する。家では彼女に手を出さないでほしいと。
お兄さんの手の届かない学校での玻璃を守るのも、オレの知り得ない家での玻璃を守るのも……似たような条件だと考えていた。
お兄さんは、一つ溜め息をついて言う。
「オレも、君が玻璃に付いててくれたら心強いと思ってたんだ」
「交渉成立ですね」
こんな口約束など、律儀に守ってもらえるのか疑問ではある。しかし、ないよりは幾分か不安が軽くなるものだと……落ち着かない心を宥め賺そうとしていた。
次の日。登校して来た玻璃を見付けて近付く。
窓際の、前から二番目が彼女の席だ。
ちょうどその時分、周囲に人がいなかったので昨日の話の詳細を尋ねる。
話の途中、玻璃が下を向いたので「何だろう? 何か言いづらい事があるのか?」と心配になる。顔色を覗き込もうと身を屈めた時――聞こえる。
「私たちは、夫婦だったの」
眼差しを上げた相手と、目が合う。暫く、言葉が出て来なかった。
「……そっか」
漸く呟く。
もし玻璃の話が、本当に未来の話なら。
未来のオレ、うまくやったんだな……。
にやついてしまう口元を、右手で覆い隠す。
やべー……。話が本当でも、本当じゃないとしても。どっちにしろ。
オレにとっては、最高なんじゃないか?
昨日、告白される以前に思っていたより……ずっと。玻璃に好かれているのかもしれないと、何かに気付きそうな予感めいたものを感じる。
浮かれまくっている、この状況に暗雲が掛かるなどと……想像もしていなかった。
休み時間中。同じクラスの女子が、玻璃を呼んでいる。二人は何か話している。玻璃が教室を出て、どこかへ向かった。……気になる。
話をしていた女子に聞く。彼女は、事もなげに言う。
「ああ。男子から呼び出されてたよ!」
な……に……?
浮かれていた気分が、一瞬で散った。
階段を一気に駆け上がって来たから、心臓がバクバクと音を鳴らしている。乱れた息を整える。
ドアを少し開けて、様子を窺う。
屋上の中央辺りに、人影が二つある。手前にいるのは玻璃だ。玻璃に向き合う立ち位置で、腕組みしているあいつは……。
赤茶色の短髪で背が高い。大人顔負けの、がっちりした体付き。
一目見て分かった。ケンカが強いと有名な「拓馬」だと。
奴の言葉が、屋上に響く。
「オレは、未来から来た」
……っ?
驚いて声を上げそうになり、口を手で覆う。
あいつも、玻璃と同じような事を言っている?
玻璃の中二病な言動が、真実味を帯びてくる。
屋上の端……中央で話している二人には見えにくい場所で息を潜め、話の行方を見守る。
「オレと付き合え」
拓馬が放った要求に、拳を握り締める。
こうなるだろうなと、予想していた。だから、走って追い掛けて来たんだ。
俯いて、歯を食い縛る。
折角、両想いになったというのに……邪魔されてたまるかよ。
「オレの言う通りにしないと、悪い噂をばら撒く事になる」
拓馬が玻璃に、脅しとも取れる下衆な物言いをしている。
一歩、前へ進み出る。
玻璃は逆ハーレムを作ろうとしているから、奴を取り込もうと考えるかもしれない。絶対に阻止する。
「えっと、あの……」
玻璃が何か言い掛ける。言わせねーよ。
わざとらしく咳払いをする。
玻璃が振り向いた。拓馬も、不機嫌そうな視線を寄越してくる。
玻璃の表情が、パアッと明るくなるのを見た。
「タイチ君っ!」
玻璃がオレの名を呼び、駆け寄って来る。
だから、少し安堵していた。
「そうかよ。それがアンタの答えかよ」
拓馬が言い捨てる。
こっちへ来る。
擦れ違う直前に、ジロリと睨まれた。
放課後になる。玻璃と二人で帰ろうとしていたのに、邪魔が入る。
「二人って、仲いいね」
声を掛けてきたのは、クラスでもうるさい部類の女子……桃井野だ。
物静かな玻璃とは、性格が違うなと思っていた。
両サイドの……耳の上辺りで結んである、やや茶色の髪が揺れている。
玻璃が驚いたように目を見開いて、口をパクパクさせている。
彼女は桃井野に言う。
「えっと。桃井野……るりちゃん?」
玻璃の様子が変だ。何かの感情を宿す如く……瞳が少し潤んでいるように見える。
桃井野が小さく笑う。
「何でフルネームで呼んだの? るりちゃんでいいよ? 私も玻璃ちゃんって呼ぶね!」
桃井野の機嫌がいい。
……嫌な予感がする。
一年の時、桃井野と同じクラスだった。
この何か……厄介事が起きる前触れみたいな感覚は……。
「あっ! ねぇねぇっ! お邪魔じゃなかったら、私も一緒に帰っていいかなっ?」
桃井野が玻璃に頼んでいる。やっぱりな。
桃井野は時々……オレの嫌がる事をしてくる。そして嫌がっているオレを眺め面白がる、性悪な趣味を持っている。
「うん。もちろん」
玻璃が答えた。
オレは……嫌だね。
桃井野を睨む。きっぱりと声にする。
「邪魔なんだけど」
オレに言えば即断られると分かっているから、玻璃に持ち掛けたんだな?
玻璃の優しさに付け入る手段も気に入らねぇ。
オレの長年の片想いが報われるかどうかの、大事な時なんだよ。
マジで邪魔すんじゃねぇ……!
その後、桃井野はゴリ押しで付いて来た。
……もう諦めた。こいつは、こんな奴だよ。玻璃と話したいのに、何で今……隣で喋ってんのが桃井野なんだよ。何なんだよ、こいつ……。

