その日、私はバイトが終わったあと、駅に向かって歩いていた。
早く家に帰ってお風呂に入りたい。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと思い出した。
──夜の九時
その日はお気に入りの作家の新刊が発売日だった。
楽しみにしていた続編で、どうしても今日中に手に入れたかった。
家の近くの本屋はもう閉まっているけど、あそこの本屋なら夜10時まで開いてるから、少し遠いけど、行ってみよう。
疲れていたけれど、その本を読みたい気持ちが勝った。
きっと読み始めたら、先生のことなんて忘れられるはず。
本屋に着いて、目当てのコーナーに向かった。
平日の夜だからか、店内は静かだった。
数人の客がパラパラといるだけで、BGMだけが小さく流れている。
小説を手に取った瞬間——
背筋がゾクッとした。
背後に、誰かの強い視線を感じる。
「水島サン」
その声。
まさか、そんなはずは——
恐る恐る振り返る。
——夏雄先生だった。
心臓が止まりそうになった。
どうしてここに……?
こんな遠い本屋に、こんな時間に?
「こ、こんばんは……」
また目を逸らしてしまう。
「また目を逸らすんだね」
ヤバい、露骨すぎた……。
「すみません、人と目を合わせるのが苦手で……」
そっと、先生の目を見た。
先生の瞳の奥は暗くてよくわからない。
それを見た瞬間、また動けなくなってしまう。
「こういうの読むんだ」
先生が、私の手に取った小説をじっと見ている。
その視線が、まるで私の心の中を覗き込むようで、居心地が悪い。
本のタイトルを見ているというより、私の趣味を品定めしているような——
「恋愛小説か」
片方の口角が、少しだけ上がった気がした。
その微笑みには、どこか嘲笑のようなものが混じっている。
「こういう恋愛に、憧れてたりするの?」
「いえ……好きな作家さんの新刊なので。内容にそこまで強いこだわりがあるわけじゃないです」
先生は、私の反応を確かめるように見ていた。
「俺は、もっと水島のことを知りたい」
——え?
驚いて顔を上げた瞬間、先生の顔がすぐ目の前にあった。
「教えてよ」
びっくりして、思いきり後ずさる。
その時、先生は突然、人が変わったようにニコッと笑った。
高校時代の、あの作られたような優しい笑顔。
「ごめん、水島の反応が面白くて。調子に乗った。じゃあ、帰り気をつけてね」
まるで何事もなかったかのように、先生は持っていた雑誌をレジに持って行き、そのままスッと消えた。
暗闇の中に。
……なんで、あんな目で見るの?
なんで、私の心を揺さぶるの?
なんで、最後は何もなかったような顔をするの?
私は、その場に立ち尽くしていた。
それでも。
不思議なことに——
「会えて嬉しい」と思ってしまう、この矛盾した気持ちが、私の中に確かにあった。
怖いし、理解できないし、振り回されてばかり。
なのに、なぜか心の奥が満たされている。
これって、恋……なの?
私が思い描いていた恋とは、まるで違った。
もっと甘くて、もっと優しくて、もっと分かりやすいものだと思っていたのに。
これは恋なのか、それとも別の何かなのか——
もう、自分でもわからなくなっていた。
早く家に帰ってお風呂に入りたい。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと思い出した。
──夜の九時
その日はお気に入りの作家の新刊が発売日だった。
楽しみにしていた続編で、どうしても今日中に手に入れたかった。
家の近くの本屋はもう閉まっているけど、あそこの本屋なら夜10時まで開いてるから、少し遠いけど、行ってみよう。
疲れていたけれど、その本を読みたい気持ちが勝った。
きっと読み始めたら、先生のことなんて忘れられるはず。
本屋に着いて、目当てのコーナーに向かった。
平日の夜だからか、店内は静かだった。
数人の客がパラパラといるだけで、BGMだけが小さく流れている。
小説を手に取った瞬間——
背筋がゾクッとした。
背後に、誰かの強い視線を感じる。
「水島サン」
その声。
まさか、そんなはずは——
恐る恐る振り返る。
——夏雄先生だった。
心臓が止まりそうになった。
どうしてここに……?
こんな遠い本屋に、こんな時間に?
「こ、こんばんは……」
また目を逸らしてしまう。
「また目を逸らすんだね」
ヤバい、露骨すぎた……。
「すみません、人と目を合わせるのが苦手で……」
そっと、先生の目を見た。
先生の瞳の奥は暗くてよくわからない。
それを見た瞬間、また動けなくなってしまう。
「こういうの読むんだ」
先生が、私の手に取った小説をじっと見ている。
その視線が、まるで私の心の中を覗き込むようで、居心地が悪い。
本のタイトルを見ているというより、私の趣味を品定めしているような——
「恋愛小説か」
片方の口角が、少しだけ上がった気がした。
その微笑みには、どこか嘲笑のようなものが混じっている。
「こういう恋愛に、憧れてたりするの?」
「いえ……好きな作家さんの新刊なので。内容にそこまで強いこだわりがあるわけじゃないです」
先生は、私の反応を確かめるように見ていた。
「俺は、もっと水島のことを知りたい」
——え?
驚いて顔を上げた瞬間、先生の顔がすぐ目の前にあった。
「教えてよ」
びっくりして、思いきり後ずさる。
その時、先生は突然、人が変わったようにニコッと笑った。
高校時代の、あの作られたような優しい笑顔。
「ごめん、水島の反応が面白くて。調子に乗った。じゃあ、帰り気をつけてね」
まるで何事もなかったかのように、先生は持っていた雑誌をレジに持って行き、そのままスッと消えた。
暗闇の中に。
……なんで、あんな目で見るの?
なんで、私の心を揺さぶるの?
なんで、最後は何もなかったような顔をするの?
私は、その場に立ち尽くしていた。
それでも。
不思議なことに——
「会えて嬉しい」と思ってしまう、この矛盾した気持ちが、私の中に確かにあった。
怖いし、理解できないし、振り回されてばかり。
なのに、なぜか心の奥が満たされている。
これって、恋……なの?
私が思い描いていた恋とは、まるで違った。
もっと甘くて、もっと優しくて、もっと分かりやすいものだと思っていたのに。
これは恋なのか、それとも別の何かなのか——
もう、自分でもわからなくなっていた。



