ダイヤの首輪─先生の歪んだ愛に囚われて─

 その瞬間、目が覚めた。

 白い天井。
 白いカーテン。
 点滴が腕に繋がっていた。
 病室特有の、無機質な空間。

 そして——夏雄先生。

 ベッドの脇の椅子に座っている。
 スーツが少し乱れて、髪も少し崩れている。

 それから、医者と看護師も。

「気がつきましたね。良かった」
「しばらく様子を見させてもらいますが、大きな問題はないようです」

 何があったの?
 なぜ私は、病院にいるの?
 先生が私の手を握っている。

 その手は、少し震えていた。
 汗ばんでいて、温かい。
 泣きそうな顔をしていた。
 いつもの冷静な先生じゃない。

「どうしたんですか?先生」
「お前が倒れたんだよ、街中で!」

 怒っている。
 でも、その怒りの奥に、心配と安堵が混じっている。

 ああ、確かに暑くてクラクラしてたのは覚えてる。
 それで、先生の姿を見たような気がした。

「もう大丈夫そうですね。しばらく様子を見るので、今日は病院にいてくださいね」

 医者と看護師はそう言って去っていった。

 病室に、私たちだけが残された。

 倒れる前に見た幻。
 あれは本物だったのかな……?

 先生は深いため息をついている。

「先生、明日結婚式ですよね……?」
「ああ」

 そっけない返事。

「ここにいたら、まずくないですか?」
「そうだな」

 それだけ!?

「早く帰った方がいいですよ!」
「お前が一人になるだろうが!」

 また怒鳴る。
 でも、その怒鳴り方には愛情がこもっている。
 本気で心配してくれている。

「医者も看護師もいるから大丈夫ですよ!」

 先生はしばらく口をつぐんでいたけど、何かを考えるような表情で、じっと私を見つめている。

「俺が、いたいんだよ」

 その言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。

 嬉しかった。
 本当に、嬉しかった。

 でも——

 これ以上、先生を困らせるわけにはいかない。

「でも……それはまずいですよ」

 私は先生の恋人でも、婚約者でもない。
 ただの元教え子。

「先生、もう行ってください。私のことは忘れてください」

 私は背を向けた。
 先生の顔を見ていると、きっと泣いてしまう。

「あの人を、幸せにしてあげてください」

 その後暫くして、先生は黙って病室を出ていった。
 足音が廊下に響いて、やがて聞こえなくなった。

 涙が出た。
 先生に助けてもらって、でも、先生は他の人のものになる。

 これが最後だと思うと、どうしようもなく寂しい。

 もう一度先生と会えただけでもよかったと思おう。
 これで、本当にお別れ。
 今度こそ、本当に。