ダイヤの首輪─先生の歪んだ愛に囚われて─

 私は——オモチャだった。
 夏雄先生は、そう言った。
 今までで一番辛い言葉だった。

 私が信じていたものは、全部、幻だった。
 信じたかった、嘘でもいいから違うと言って欲しかった。

 でも、本当はわかってたよね?
 好きな人を、あんなことするわけない。
 気持ちなんて無視して。
 ただの欲望の捌け口として利用されていただけ。

 私は、ゆっくりと教室のドアに向かって歩いた。

 慎重に。

 行き場を失わないように。

「夏雄先生」

 振り返らずに、声をかける。

 陽の光が、だんだんと弱まっていく。

「私は、あんなことをされましたけど……オモチャだったんですけど」

 教室に、暗闇が忍び寄る。

「それでも、先生のことが好きでした」

 それが、この混乱の中での私の答えだった。
 もう、振り返らない。

「お幸せに」

 これで、すべて終わった。
 やっと、解放される。
 そのはずだったのに。

 先生に、後ろから抱きしめられていた。
 先生の腕が、私の肩を包み込んでいる。
 その温もりが、背中に伝わってくる。

 先生は、何も言わない。

 なんで今さら、こんなことするの?
 私がやっと諦めることができたのに。
 やっと前に進めると思ったのに。

「先生、酷いですよ……最後の最後まで私を弄ぶんですね」

 先生の体が、少し震えていた。
 その理由は、よくわからなかった。

 私は動けなかった。

 教室は、いつの間にか真っ暗になっていた。

 私はゆっくりと、先生の方を向いた。
 薄暗い教室の中で、先生の顔がかろうじて見える。
 その表情は、今まで見たことがないほど、悲しみが浮かんでいた。

 何かに苦しんでいるような、迷っているような
 そんな、弱々しい瞳。

 私は無意識に、先生を抱きしめていた。
 先生も、優しく抱きしめ返してくれた。
 それが、どんな気持ちなのかはわからない。

 でもそこには確かに、言葉にならない“何か”があった。

 私たちは、自然とキスをした。
 それは今までのものとは違った。
 初めてお互いの心に触れたような、優しさに満ちていた。

 そしたら、何かが溢れたように、お互いを求め合っていた。
 私はすべてを赦せた。
 これまで先生にされた全てを。
 やっと自分に、素直になれた。

 先生が欲しい。
 誰にも、渡したくない。

「先生……好きです……どこにも行かないで」

 そんなこと、言ったってどうにもならないのに。
 でも、本当の気持ちを、隠したくなかった。
 後悔なんて、したくなかった。

 先生は——何も言わなかった。
 ただ、今までで一番優しかった。

 私たちはそのまま、深く、身も心も結ばれた。
 切ない痛みと共に。

 もう怖くなかった。
 辛くなかった。
 苦しくなかった。

 この瞬間、私はこの気持ちを愛と呼べた。

 ただ、月だけが、私たちを静かに照らしていた。
 優しく見守るように。