1. 嵐のあとの、甘い静寂
金曜日、午後十一時五十分。
一ノ瀬駿のマンション、最上階。夜景を一望できるリビングのメイン照明は落とされ、淡い琥珀色の間接照明だけが、二人のシルエットを浮かび上がらせている。
取締役会での「公開溺愛宣言」から数日。社内は未だに騒然としているが、当の一ノ瀬は平然としたものだった。
「……部長。本当に、いいんですか? 今夜の配信で、あんな発表を……」
凛は、一ノ瀬の膝の間に座り、彼の大きな背中に身を預けながら不安げに呟いた。彼女の肩には、一ノ瀬が「お前にはこれくらい重いのが似合う」と笑って贈った、最高級カシミアのガウンが掛けられている。
「構わない。……元々、この場所(配信)はお前を見つけるために作ったものだ。……目的は、もう果たされたからな」
一ノ瀬の大きな手が、凛の髪を愛おしそうに梳く。その指先が耳に触れるたび、凛の心臓は「ナイト」のリスナーとしての歓喜と、一ノ瀬の恋人としての情熱で激しく打ち鳴らされた。
(……ああ、信じられない。三年前、あんなに孤独だった私の日常を救ってくれた「ナイト様」が、今、私のすぐ後ろで、私の体温を感じながらマイクを握ろうとしているなんて……)
2. 深夜零時、神(ナイト)の告白
午前零時。配信アプリ『LIME Live』が起動する。
待機人数は、過去最高の五十万人。一ノ瀬が事前に「大切なお知らせがある」と告知していたためだ。
一ノ瀬がマイクのスイッチを入れた。その瞬間、彼の顔から「一ノ瀬部長」の鋭さが消え、包容力に満ちた、あの「ナイト」の表情に変わる。
『……こんばんは。みんな、今日も起きててくれてありがとう。……今夜は少し、静かに聴いてほしい』
第一声。凛の耳元で直接響く生声と、イヤホンから流れるフィルターを通した声が完璧にシンクロし、凛は脳が痺れるような感覚に陥った。
『今日、みんなに伝えたいのは……俺はこの配信を、今夜限りで卒業するということだ』
画面上のコメント欄が、悲鳴のような速度で流れていく。
『……理由は、一つ。……三年前、俺がこの場所を作ったきっかけになった「一人の女性」を、ようやく捕まえたからだ』
凛は思わず息を呑んだ。一ノ瀬が、凛の腰をぐいと引き寄せ、自分の方を向かせる。彼はマイクを握ったまま、凛の瞳をじっと見つめて続けた。
『彼女は、誰よりも不器用で、誰よりも一生懸命で……そして、誰よりも「俺の声」を愛してくれた。……俺は、彼女に救われたんだ。……だからこれからは、このマイク越しじゃなく、たった一人の彼女のためだけに、俺の声を届けていきたいと思っている』
3. 世界を敵に回す、独占欲の「証明」
コメント欄は炎上寸前の熱狂と困惑に包まれていた。だが、一ノ瀬は一切動じない。
『……みんな、怒るかな。でも、これが俺の本心だ。……彼女を守るためなら、俺は神様をやめてもいい。……いや、一人の男として、彼女だけの騎士(ナイト)になりたいんだ』
一ノ瀬はマイクを少し遠ざけると、凛の顎を指先で掬い上げた。
「……凛。お前が俺のリスナー代表として、最後に何か言ってくれ」
「えっ!? む、無理です! 私なんて、ただのオタクで……」
「いいから。……俺の横でお前がどう感じていたか、俺だけに教えろ」
一ノ瀬がいたずらっぽく、凛の唇に自分の唇を重ねようとする。
(……あ、あああ……! 全世界五十万人の前で、なんてことを! でも、でも……ナイト様が私だけを見てる。部長が、私のことだけを欲しがってる……!)
凛は覚悟を決めた。一ノ瀬からマイクを受け取り、震える声で、だが「氷壁の聖女」としての気品を纏って語り始めた。
「……ナイト様を愛している皆様。……申し訳ありません。……私も、皆様と同じ、ただの熱狂的なファンでした。……でも、彼は……彼は、声だけじゃなく、その心まで、あまりにも深く私を愛してくれました。……だから、私は……この『贅沢な独占』という罪を、一生かけて背負っていこうと思います」
その瞬間、コメント欄に「お幸せに!」という祝福の嵐が吹き荒れた。凛の真摯な、そして「オタクとしての潔い敗北宣言」が、リスナーたちの心を打ったのだ。
4. 配信終了後の、甘い「処刑」
配信終了。マイクの電源が切れた瞬間、一ノ瀬の瞳から「公」の光が消えた。
「……よく言ったな、凛。……『一生かけて背負う』、か」
一ノ瀬が凛をソファに押し倒す。カシミアのガウンが乱れ、凛の白い肌が露わになる。
「ぶ、部長……! 配信は終わりましたよ……!」
「ああ、終わったな。……だからここからは、配信禁止(R指定)の時間だ」
一ノ瀬は、凛の手首を頭上で固定し、その耳元に唇を寄せた。
「お前がマイクの前であんなに愛らしい告白をするから、俺の独占欲が限界を超えた。……いいか、凛。明日からは、俺以外の男にその声を聞かせるな。……お前の吐息も、鳴き声も、全て俺が録音して独占してやる」
「…………っ、変態です……部長……!」
「変態で結構。……お前を三年前から狙っていた男だぞ、何を今さら」
一ノ瀬は、凛の首筋に深く、深く牙を立てるようにキスをした。
「『……愛してる。……世界中で一番、俺に溺れている可愛いリスナー。……今夜は寝かさないからな』」
「………………(全方位爆死・成仏)」
凛の理性が、摩天楼の夜景と共に甘く溶け落ちていく。
完璧なヒロイン・氷室凛。
彼女は、推しの「卒業」と引き換えに、最愛の夫となる男の「終身私有物」となる契約を、熱い吐息と共に受理したのである。
つづく
金曜日、午後十一時五十分。
一ノ瀬駿のマンション、最上階。夜景を一望できるリビングのメイン照明は落とされ、淡い琥珀色の間接照明だけが、二人のシルエットを浮かび上がらせている。
取締役会での「公開溺愛宣言」から数日。社内は未だに騒然としているが、当の一ノ瀬は平然としたものだった。
「……部長。本当に、いいんですか? 今夜の配信で、あんな発表を……」
凛は、一ノ瀬の膝の間に座り、彼の大きな背中に身を預けながら不安げに呟いた。彼女の肩には、一ノ瀬が「お前にはこれくらい重いのが似合う」と笑って贈った、最高級カシミアのガウンが掛けられている。
「構わない。……元々、この場所(配信)はお前を見つけるために作ったものだ。……目的は、もう果たされたからな」
一ノ瀬の大きな手が、凛の髪を愛おしそうに梳く。その指先が耳に触れるたび、凛の心臓は「ナイト」のリスナーとしての歓喜と、一ノ瀬の恋人としての情熱で激しく打ち鳴らされた。
(……ああ、信じられない。三年前、あんなに孤独だった私の日常を救ってくれた「ナイト様」が、今、私のすぐ後ろで、私の体温を感じながらマイクを握ろうとしているなんて……)
2. 深夜零時、神(ナイト)の告白
午前零時。配信アプリ『LIME Live』が起動する。
待機人数は、過去最高の五十万人。一ノ瀬が事前に「大切なお知らせがある」と告知していたためだ。
一ノ瀬がマイクのスイッチを入れた。その瞬間、彼の顔から「一ノ瀬部長」の鋭さが消え、包容力に満ちた、あの「ナイト」の表情に変わる。
『……こんばんは。みんな、今日も起きててくれてありがとう。……今夜は少し、静かに聴いてほしい』
第一声。凛の耳元で直接響く生声と、イヤホンから流れるフィルターを通した声が完璧にシンクロし、凛は脳が痺れるような感覚に陥った。
『今日、みんなに伝えたいのは……俺はこの配信を、今夜限りで卒業するということだ』
画面上のコメント欄が、悲鳴のような速度で流れていく。
『……理由は、一つ。……三年前、俺がこの場所を作ったきっかけになった「一人の女性」を、ようやく捕まえたからだ』
凛は思わず息を呑んだ。一ノ瀬が、凛の腰をぐいと引き寄せ、自分の方を向かせる。彼はマイクを握ったまま、凛の瞳をじっと見つめて続けた。
『彼女は、誰よりも不器用で、誰よりも一生懸命で……そして、誰よりも「俺の声」を愛してくれた。……俺は、彼女に救われたんだ。……だからこれからは、このマイク越しじゃなく、たった一人の彼女のためだけに、俺の声を届けていきたいと思っている』
3. 世界を敵に回す、独占欲の「証明」
コメント欄は炎上寸前の熱狂と困惑に包まれていた。だが、一ノ瀬は一切動じない。
『……みんな、怒るかな。でも、これが俺の本心だ。……彼女を守るためなら、俺は神様をやめてもいい。……いや、一人の男として、彼女だけの騎士(ナイト)になりたいんだ』
一ノ瀬はマイクを少し遠ざけると、凛の顎を指先で掬い上げた。
「……凛。お前が俺のリスナー代表として、最後に何か言ってくれ」
「えっ!? む、無理です! 私なんて、ただのオタクで……」
「いいから。……俺の横でお前がどう感じていたか、俺だけに教えろ」
一ノ瀬がいたずらっぽく、凛の唇に自分の唇を重ねようとする。
(……あ、あああ……! 全世界五十万人の前で、なんてことを! でも、でも……ナイト様が私だけを見てる。部長が、私のことだけを欲しがってる……!)
凛は覚悟を決めた。一ノ瀬からマイクを受け取り、震える声で、だが「氷壁の聖女」としての気品を纏って語り始めた。
「……ナイト様を愛している皆様。……申し訳ありません。……私も、皆様と同じ、ただの熱狂的なファンでした。……でも、彼は……彼は、声だけじゃなく、その心まで、あまりにも深く私を愛してくれました。……だから、私は……この『贅沢な独占』という罪を、一生かけて背負っていこうと思います」
その瞬間、コメント欄に「お幸せに!」という祝福の嵐が吹き荒れた。凛の真摯な、そして「オタクとしての潔い敗北宣言」が、リスナーたちの心を打ったのだ。
4. 配信終了後の、甘い「処刑」
配信終了。マイクの電源が切れた瞬間、一ノ瀬の瞳から「公」の光が消えた。
「……よく言ったな、凛。……『一生かけて背負う』、か」
一ノ瀬が凛をソファに押し倒す。カシミアのガウンが乱れ、凛の白い肌が露わになる。
「ぶ、部長……! 配信は終わりましたよ……!」
「ああ、終わったな。……だからここからは、配信禁止(R指定)の時間だ」
一ノ瀬は、凛の手首を頭上で固定し、その耳元に唇を寄せた。
「お前がマイクの前であんなに愛らしい告白をするから、俺の独占欲が限界を超えた。……いいか、凛。明日からは、俺以外の男にその声を聞かせるな。……お前の吐息も、鳴き声も、全て俺が録音して独占してやる」
「…………っ、変態です……部長……!」
「変態で結構。……お前を三年前から狙っていた男だぞ、何を今さら」
一ノ瀬は、凛の首筋に深く、深く牙を立てるようにキスをした。
「『……愛してる。……世界中で一番、俺に溺れている可愛いリスナー。……今夜は寝かさないからな』」
「………………(全方位爆死・成仏)」
凛の理性が、摩天楼の夜景と共に甘く溶け落ちていく。
完璧なヒロイン・氷室凛。
彼女は、推しの「卒業」と引き換えに、最愛の夫となる男の「終身私有物」となる契約を、熱い吐息と共に受理したのである。
つづく



