『氷の聖女は推しボイスに溶かされたい〜完璧な私が深夜にスパチャしている相手は、冷徹な鬼部長でした〜』

1. リスナーたちの阿鼻叫喚と、聖地巡礼(世間の反応の回収)
 あの大規模な総帥就任パーティー、そして全世界を震撼させた「公開プロポーズ」から一ヶ月。
 世間は、いまだにその余韻という名の爆風に晒されていた。ネットの海では「ナイト様の正体」と「伝説の生配信」の切り抜き動画が再生数記録を更新し続け、SNSのトレンドワードには常に『#ナイト様受理』が鎮座している。
「ねぇ、駿さん。見てください、これ。私たちの結婚式の招待状のフォント、特定班によって秒速で解析されて、『一ノ瀬ロイヤル・ボールド』って名前でフォント配布されてるんですから。オタクの解析技術、国家機密レベルですよ」
 私は一ノ瀬グループ総帥室の、雲の上に浮いているような大きなカウチソファで、駿さんの膝に頭を預けながらスマートフォンを眺めていた。
 当初懸念していた「正体を隠して騙していたこと」への反発は、駿さんの圧倒的な「愛の重さ(物理的なダイヤの重さを含む)」と、あの時全世界に放たれた「凛がいなければ俺の帝国は無意味だ」という狂気的な愛の告白によって、跡形もなくねじ伏せられていた。
 かつてのナイト様の熱狂的リスナーたちは、絶望してアンチ化するかと思いきや、
『あの冷徹無比な鉄仮面総帥を、声ひとつで陥落させ、手懐けた氷室凛(プロデューサー)こそ真の推し』
『ナイト様を一番いい声で鳴かせられるのは凛様しかいない』
 という謎の、しかし強固な結論に達し、私たちの会社「サンスターツ」は、今や全オタクたちの「聖地」として崇め奉られている。
(……これぞまさに、最大級の『受理』よね。……駿さんの執着が、世界を丸ごと飲み込んで、新しい常識に書き換えちゃったんだわ……。恐るべし、ハイスペ総帥のプロデュース力……!)
2. 帝王の唯一の「弱点」(ヒーローの人間味の回収)
 一ノ瀬グループの総帥として、冷徹に数兆円のプロジェクトを動かし、政財界を震撼させる駿さんだが、私だけが知っている彼の「致命的な弱点」がある。
 それは、私の意識が「彼以外の音(周波数)」に向くことに対して、異常なまでの拒絶反応を示すことだ。
「……凛。何を聴いている」
 不意に、耳に装着していたワイヤレスイヤホンが、駿さんの長い指によって奪い去られた。
「あ、これ、今度新しく業務提携する声優事務所から届いた、サンプルボイスで……。次のアロマ製品のターゲット層に合うかチェックして……」
「……没だ。不採用。このプロジェクト自体、白紙に戻すか検討する」
「ええっ!? まだ聴き始めて五秒ですよ!? この方、すごく繊細なハイトーンが素敵で……」
 その瞬間、駿さんの手が私の腰を強く引き寄せ、彼自身の胸板に私を叩きつけるように抱き寄せた。銀色の瞳が、冷たい嫉妬の炎を宿して私を射抜く。
「……五秒も聴けば十分だ。……お前の耳を、俺以外の男の周波数に貸すのは一秒たりとも許さないと言っただろう。お前の鼓膜を震わせ、脳を支配していいのは、俺の声(ナイト)だけだ」
 駿さんは私の首筋に顔を埋め、深く、肺の奥まで私の香りを吸い込むようにして、重いため息をついた。その逞しい腕が、かすかに震えている。
「……俺は、まだ不安なんだ。……お前がいつか、俺の声よりも心地よい響き、俺よりも有能な旋律を見つけて、俺の檻(なか)から出て行ってしまうんじゃないかと……。お前が俺を『最推し』から解任する瞬間を想像するだけで、俺の帝国は崩壊する」
 その切実な「怯え」を含んだ告白。
 世界を支配する男が、たった一人の女性の「耳」を独占し続けられるかどうかという、あまりにも小さな、しかし彼にとっては生死を分ける問題に、子供のように怯えている。
 その狂おしいほどの愛の重さこそが、私にとっての「究極の萌え」であり、一生をかけて守りたい「弱点」だった。
「……駿さん。大丈夫ですよ。……私の耳も、脳も、魂の最奥も。……三年前、深夜二時の安アパートで、あなたの声に魂を救われたあの夜から……一分一秒の余地もなく、あなたの『ナイト』としての声に、完全に上書き保存(フォーマット)されちゃっているんですから」
3. 「受理(アクセプト)」のその先へ(物語の完成度)
 駿さんは私の言葉に、憑き物が落ちたような安堵の色を瞳に浮かべ、私をさらに強く、骨が鳴るほど抱きしめた。
 そして、耳元に唇を寄せ、世界で私一人だけが聴くことを許された、ナイトの周波数を最大にした、けれど一人の夫としての剥き出しの愛を込めて囁いた。
「『……凛。……お前が俺をプロデュースし続ける限り、俺は世界で一番のナイトでい続けられる。……だから、一生俺の隣で、俺の声だけを聴き分けろ。……お前の愛という名のスパチャを、一生分、いや、来世の分まで前借りで受理してやる。……逃がさないぞ』」
 窓の外、東京の街並みが夕闇に包まれ、宝石箱をひっくり返したような夜景が広がる中、私たちは深く重なり合った。
 
 嘘から始まった、声と香りの檻。
 それは今や、誰にも壊せない、世界で最もラグジュアリーで強固な「真実の共鳴」となった。
 完璧なハイスペ部長の、狂気的な独占欲。
 有能なオタク女子の、献身的な受理。
 
 二人の愛の周波数は、これからもこの「幸せな檻」の中で、永遠に途切れることなく、世界で最も甘い調べとなって響き続けていく。
(……受理。……はい、駿さん。……世界が終わるその日まで、あなたの声だけを、私が愛し、解析し、一番近くで愛でてあげます! ……だって、私をこんなに『爆死』させてくれるのは、宇宙中であなた一人だけなんだから!)
4. 永久保存(ラスト・アーカイブ)
 それから数十年後。
 一ノ瀬家のプライベートガーデンで、銀髪が混じり始めた駿は、相変わらず隣で微笑む凛の手を握りしめていた。
 彼の耳には、今も彼女の規則正しい鼓動と、愛に満ちた呼吸の音が届いている。
 
「……凛。今日の声も、完璧だ」
「ふふ、駿さんこそ。……おじいちゃんになっても、ナイト様の声のツヤ、全然落ちませんね」
 
 二人の間に流れるのは、もはや言葉を必要としない、完璧に調律された愛の旋律。
 一人の男の執着が生んだ「檻」は、いつしか「楽園」となり、二人の魂を、永遠という名のアーカイブに保存し続けるのだった。

 【ハイスペ部長の溺愛ボイスは、私の夜を侵す】


❤️ 全篇完結❤️