『氷の聖女は推しボイスに溶かされたい〜完璧な私が深夜にスパチャしている相手は、冷徹な鬼部長でした〜』

1. 聖域(プライベートジェット)からの降臨
 モルディブの楽園を切り裂くように飛び立った一ノ瀬家のプライベートジェットが、成田空港の専用駐機場に滑り込んだ。
 タラップが降りる。そこには、一ノ瀬家の紋章をつけた黒塗りのセンチュリーが十数台、軍隊のような正確さで整列していた。
「若旦那様、おかえりなさいませ」
 執事長の合図と共に、数十人の黒服たちが一斉に頭を下げる。その光景は、一企業の役員の帰国というレベルを遥かに超え、一国の王が戦地から帰還したかのような重圧を放っていた。
「……凛、行こうか。ここからは一秒の油断も許されない」
 駿さんは、私の腰を強く引き寄せた。ハネムーンの余韻を纏った私の身体に、彼の冷徹なビジネスモードの体温が伝わってくる。そのギャップだけで、私のオタク脳は「ギャップ萌えの過剰摂取」でショートしそうだった。
(……待って、この出迎えの数。……私、さっきまで水着の上からシースルーの羽織り一枚で、駿さんに甘い声で「受理」とか言ってたのよ!? この落差、もはや風邪引くレベルのラブコメ展開なんだけど……!)
「駿さん。……私、大丈夫でしょうか。……こんな、映画みたいな世界に、一ノ瀬の妻として立っていても」
「お前は俺の隣にいるだけでいい。……それ以外の雑音は、俺がすべて消し去る。……いいな、凛。お前は俺の『最高傑作』であり、俺の『檻の主』なんだ。自信を持て」
 駿さんは、私の震える手を力強く握りしめた。その指先には、モルディブで刻まれたばかりの「愛の痕」が微かに残っている。彼はその手を自分の唇に寄せ、大勢の黒服たちの前で堂々とキスを落とした。
「『……凛。……日本中にお前を見せびらかしてやる。……一ノ瀬駿が、どれほど狂った愛でお前を独占しているかをな』」
 その囁きは、地声でありながら、完全に「ナイト」の周波数を纏っていた。私は、膝から力が抜けそうになるのを必死で耐え、彼の腕にしがみついた。
2. 本邸の嵐と、沈黙の「聖女」
 車は一路、鎌倉の広大な敷地に建つ一ノ瀬本邸へと向かった。
 重厚な門が開く。本邸の広間には、案の定、一ノ瀬財閥の利権を狙う親族たちが、巌(父)の病状を口実に集結していた。
「駿! ハネムーンなどと浮かれている場合か! 巌兄様が倒れた今、グループの指揮を執れるのは、経験豊富な我らしか……」
 叔父の一人が声を荒らげる。だが、駿さんはその声を一瞥で黙らせた。
「叔父上。……静かにしてください。……お前のその汚い周波数は、俺の妻の耳を汚す。……俺に指図したければ、まずは俺と同じ額の純利益を半年で出してからにしろ。……できないなら、その口を永久に閉じておけ」
 駿さんの冷徹な一言に、広間は一瞬で氷点下へと叩き落とされた。
 彼はそのまま、私を中央の椅子へと座らせた。それは、一ノ瀬家の「正妻」のみが座ることを許される、象徴的な椅子だった。
「紹介しよう。……俺の妻、一ノ瀬凛だ。……彼女は、サンスターツのヒットメーカーであり、一ノ瀬グループの次世代戦略を俺と共に構築する、俺の唯一の『共犯者』だ。……彼女を侮辱することは、俺の人生そのものを否定することだと心得ろ」
 親族たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。嫉妬、蔑み、そして恐怖。
 私は、三年前から叩き込まれてきた「氷壁の聖女」の仮面を最大出力で稼働させた。
「……皆様、お初にお目にかかります。……一ノ瀬凛です。……駿さんの仰る通り、私は彼のパートナーとして、一ノ瀬の伝統と未来を守り抜く覚悟でここに参りました。……お義父様の看病も含め、すべては私共夫婦にお任せください」
 私の凛とした声が、広間に響き渡る。
 一ノ瀬家の古い空気が、一瞬で書き換えられていくのを感じた。
(……よし。……オタクの底力、なめないでよね。……「推し」の名誉を守るためなら、私はどんな魔王にだってなれるんだから……!)
3. 背徳の戴冠式(ティアラ)
 親族たちを追い払った後、駿さんは私を本邸の最奥にある「開かずの間」へと連れて行った。
 そこは、一ノ瀬財閥の歴代の秘宝が納められた、真の聖域だった。
「凛。……一族の連中に、お前が誰のものかを物理的に分からせてやる必要がある」
 駿さんは、中央の台座に置かれた一つのケースを開いた。
 そこにあったのは、ロイヤルブルーのサファイアと、数千個のダイヤモンドが散りばめられた、目も眩むようなティアラだった。
「……これ、は……?」
「一ノ瀬家の正妻が、代替わりの際に受け継ぐ『蒼の戴冠』だ。……本来なら父の許しが必要だが、今は俺が法だ。……凛、跪け。……お前を、一ノ瀬の真の女王にしてやる」
 私は言われるままに、冷たい大理石の床に膝をついた。
 駿さんは、慎重に、けれど強引な手つきで、私の髪にその重厚なティアラを載せた。
「……重い、です、駿さん……」
「その重さが、俺の愛の重さだ。……凛。……これで、お前はもう二度と、ただの女性には戻れない。……一ノ瀬のすべてを背負い、俺の独占欲という鎖に繋がれた、世界で一番ラグジュアリーな囚人だ」
 駿さんは、ティアラを載せた私の額に、深く、誓いを立てるように唇を押し当てた。
 アロマスピーカーから、私たちが共同開発した「帝王の休日」をイメージした、深く気高いジャスミンの香りが立ち上る。
「『……凛。……お前はもう、俺の声の一部だ。……このティアラを外せるのは、夜、俺の腕の中にいる時だけだ。……わかったな?』」
「…………っ、……はい。……駿さん。……一生、あなたの檻の中で、女王(いけにえ)として受理され続けます……!」
4. 執着の深化(エンゲージ)
 その夜。
 本邸の広大な寝室で、駿さんは私を天蓋付きのベッドに押し倒した。
 頭上にはまだ、あの重いティアラが輝いている。
「……駿さん、さすがにこれは外して……」
「嫌だ。……今夜は、そのティアラをつけたままのお前を、俺の欲望で塗りつぶしてやる。……女王としての誇りも、聖女としての理性も、すべて俺の声だけで溶かしてやる」
 駿さんは私の耳元に唇を寄せ、ナイトの周波数を最大に引き上げた。
「『……凛。……お前のその「有能すぎる声」で、一晩中、俺の名前を鳴らし続けろ。……日本中の奴らが、お前の声を求めても、お前の声を受け取れるのは、この檻の中にいる俺だけだ。……いいな?』」
 彼の指が、私の首筋に残る「モルディブの痕」をなぞる。
 
(……ああ。……楽園は終わった。……でも、ここから始まるのは、もっと激しくて、もっと逃げ場のない、現実という名の溺愛の迷宮なんだ……!)
 私は駿さんの首に手を回し、自ら唇を重ねた。
 ティアラの重みが、彼への愛の重みとなって、私の全身に深く刻み込まれていく。
 ハイスペ部長の溺愛は、今や財閥の帝王の執着へと進化し、二人の運命を、永遠という名の檻に閉じ込めていくのだった。


つづく