1. 蒼の監禁室へ
モルディブの海が黄金色から深いコバルトブルーへと染まりゆく夕暮れ時。
一ノ瀬駿――私の夫であり、かつての「ナイト」様であり、今もなお私を支配し続ける帝王は、私の手を取り、島の桟橋から続く長い螺旋階段へと導いた。
「……駿さん、どこへ行くんですか? まさか、夜の海に泳ぎに行くんじゃ……」
「安心しろ。お前のその華奢な身体を、潮風に晒すつもりはない。……今夜のディナーは、お前という『獲物』を囲い込むのに最も相応しい場所を用意した」
螺旋を降りるごとに、気圧が微かに変化し、周囲の音が吸い込まれるように静まり返っていく。
辿り着いたのは、水深五メートル。珊瑚礁の底に設えられた、世界でも数少ない全面アクリル張りの海底レストランだった。
扉が開いた瞬間、私は息を呑んだ。
頭上を泳ぐ色とりどりの魚たち、月光が水面を突き抜けて差し込む幻想的な蒼い光。そして、円形のフロアの中央にポツンと置かれた、クリスタルのテーブルと二脚の椅子。
「……すごい。本当に、海の中にいるみたい……」
「ああ。ここは今夜、俺たち二人だけの貸し切りだ。……凛。お前は気づいているか? ここは、地上よりもずっと『音』が伝わりやすいんだ」
駿さんは私の椅子を引き、耳元に顔を寄せた。
「水の中では、振動が空気中の四倍の速さで伝わる。……お前が今、緊張で喉を鳴らしたその音も、俺の耳にはダイレクトに響いているぞ」
(……四倍!? そんなの、私の心臓の音が爆死レベルで駿さんに聞こえちゃうじゃない……!)
2. 深海のアロマと、沈黙の支配
食事が運ばれてくる間、駿さんはテーブルの中央に、一つの小さなデバイスを置いた。
私たちが開発したアロマスピーカーの「深海特別モデル」だ。
そこから放出されたのは、深い海の底を思わせる、冷ややかでありながら官能的なムスクとアンバーの香り。
「この香りは、お前の脳を『従順』に書き換えるためのものだ。……凛。この静寂を楽しめ。……地上では、お前の周りには常に誰かの視線やノイズがあった。だが、ここは違う。……お前の視界には俺と魚たちしかいない。お前の耳に届くのは、俺の声と、お前自身の熱い呼吸だけだ」
運ばれてきたのは、宝石のように美しいシーフードのオードブル。
だが、私の食欲は、目の前の「帝王」が放つ圧倒的な威圧感と、それ以上の色気に支配され、麻痺していた。
「……駿さん。どうして、こんな……閉じ込められたような場所ばかり選ぶんですか?」
「おかしなことを聞くな。……お前が俺の『檻』の住人だと自覚させるためだと言っただろう。……凛。お前は、俺に飼われている時が一番美しい。……その、今にも泣き出しそうな、けれど俺に触れられるのを待っているような、淫らな声を引き出すには、これくらいの閉鎖空間が必要なんだ」
駿さんは、冷えた白ワインを一口含み、それを私の唇へと流し込むように強引にキスをした。
アクリル越しに、一匹の大きなエイが優雅に通り過ぎていく。
深海の青い光の中で、駿さんの瞳が銀色に鋭く光った。
3. 深層心理の「サンプリング」
「『……凛。……今夜のメインディッシュは、料理じゃない。……お前の「告白」だ』」
不意に、目の前の彼が口を開かずに、周囲のスピーカーから「ナイト」の極上ボイスが響いた。
それは、このレストランの音響システムをジャックした、駿さんによるリアルタイムの生配信――ただし、リスナーは私一人のみの「プライベート・ライブ」だった。
「ひ……っ、……ナイト様……」
『……ああ、そうだ。……その顔だ。……俺の声に、身体の芯まで痺れているお前の姿を、この深海のカメラは一秒も見逃さずに記録している』
テーブルの下で、駿さんの足が私の脚に絡みつく。
逃げ場のない椅子の上で、私の身体は彼の熱に溶かされていく。
『……さあ、言ってみろ、凛。……お前は、三年前から俺の声に、どんな「イケない想像」を膨らませていた? ……俺の声で、どんな風に自分を慰めていたのか……ここで、俺にすべて吐き出せ』
「……そんな、言えるわけ……っ! ……あうぅ……」
私は顔を覆った。けれど、駿さんは私の手首を掴み、無理やりその顔を上げさせた。
「『……言えないなら、身体で教えろ。……お前のその、俺にしか見せない濡れた瞳が、すべてを物語っているぞ。……凛。お前は、俺の「声」という名の暴力に、快感を覚える変態(リスナー)なんだろう?』」
(……卑怯、卑怯です、駿さん……! 私のオタク心と女心を、そんな風に弄ぶなんて……!)
周囲の魚たちが、私たちの情事を見守る観客のように集まってくる。
私は、彼の圧倒的な独占欲と、深海の気圧に押し潰されそうになりながらも、心の中では「最高に尊い……!」と叫んでいる自分を止められなかった。
4. 蒼い迷宮の完結、そして永遠へ
デザートが運ばれてくる頃、私はすでに、彼の「声」の調教によって、椅子に座っているのもやっとの状態だった。
駿さんは立ち上がり、私の背後に回ると、首筋に深く、所有の痕を刻むように唇を押し当てた。
「……凛。この海底レストランは、地上への出口が一つしかない。……そしてその鍵は、俺が持っている。……お前を今夜、ここから出さないことも、海に溶かしてしまうことも……俺の自由だ」
「……いいですよ。……駿さんの望むままに……して、ください……」
私は、もはや抵抗することを完全に放棄した。
彼に愛されることが、彼に支配されることが、私にとって唯一の「受理(アクセプト)」なのだから。
駿さんは、私の耳朶を甘噛みし、地声で、けれどナイトの周波数で最後の一撃を放った。
「『……合格だ、俺の可愛い奥さん。……お前のその「敗北宣言」、しっかりアーカイブに保存させてもらったよ。……さて、地上へ戻る前に、この「海底の檻」で……俺たちの本当のハネムーンを、再開しようか』」
アクリル越しの蒼い世界が、さらに深く、暗く、私たちを包み込んでいく。
完璧なヒロイン・氷室凛。
彼女は、ハイスペ部長が作り上げた「深海の迷宮」で、二度と浮上できないほど深く、愛という名の海へ沈んでいくのだった。
つづく
モルディブの海が黄金色から深いコバルトブルーへと染まりゆく夕暮れ時。
一ノ瀬駿――私の夫であり、かつての「ナイト」様であり、今もなお私を支配し続ける帝王は、私の手を取り、島の桟橋から続く長い螺旋階段へと導いた。
「……駿さん、どこへ行くんですか? まさか、夜の海に泳ぎに行くんじゃ……」
「安心しろ。お前のその華奢な身体を、潮風に晒すつもりはない。……今夜のディナーは、お前という『獲物』を囲い込むのに最も相応しい場所を用意した」
螺旋を降りるごとに、気圧が微かに変化し、周囲の音が吸い込まれるように静まり返っていく。
辿り着いたのは、水深五メートル。珊瑚礁の底に設えられた、世界でも数少ない全面アクリル張りの海底レストランだった。
扉が開いた瞬間、私は息を呑んだ。
頭上を泳ぐ色とりどりの魚たち、月光が水面を突き抜けて差し込む幻想的な蒼い光。そして、円形のフロアの中央にポツンと置かれた、クリスタルのテーブルと二脚の椅子。
「……すごい。本当に、海の中にいるみたい……」
「ああ。ここは今夜、俺たち二人だけの貸し切りだ。……凛。お前は気づいているか? ここは、地上よりもずっと『音』が伝わりやすいんだ」
駿さんは私の椅子を引き、耳元に顔を寄せた。
「水の中では、振動が空気中の四倍の速さで伝わる。……お前が今、緊張で喉を鳴らしたその音も、俺の耳にはダイレクトに響いているぞ」
(……四倍!? そんなの、私の心臓の音が爆死レベルで駿さんに聞こえちゃうじゃない……!)
2. 深海のアロマと、沈黙の支配
食事が運ばれてくる間、駿さんはテーブルの中央に、一つの小さなデバイスを置いた。
私たちが開発したアロマスピーカーの「深海特別モデル」だ。
そこから放出されたのは、深い海の底を思わせる、冷ややかでありながら官能的なムスクとアンバーの香り。
「この香りは、お前の脳を『従順』に書き換えるためのものだ。……凛。この静寂を楽しめ。……地上では、お前の周りには常に誰かの視線やノイズがあった。だが、ここは違う。……お前の視界には俺と魚たちしかいない。お前の耳に届くのは、俺の声と、お前自身の熱い呼吸だけだ」
運ばれてきたのは、宝石のように美しいシーフードのオードブル。
だが、私の食欲は、目の前の「帝王」が放つ圧倒的な威圧感と、それ以上の色気に支配され、麻痺していた。
「……駿さん。どうして、こんな……閉じ込められたような場所ばかり選ぶんですか?」
「おかしなことを聞くな。……お前が俺の『檻』の住人だと自覚させるためだと言っただろう。……凛。お前は、俺に飼われている時が一番美しい。……その、今にも泣き出しそうな、けれど俺に触れられるのを待っているような、淫らな声を引き出すには、これくらいの閉鎖空間が必要なんだ」
駿さんは、冷えた白ワインを一口含み、それを私の唇へと流し込むように強引にキスをした。
アクリル越しに、一匹の大きなエイが優雅に通り過ぎていく。
深海の青い光の中で、駿さんの瞳が銀色に鋭く光った。
3. 深層心理の「サンプリング」
「『……凛。……今夜のメインディッシュは、料理じゃない。……お前の「告白」だ』」
不意に、目の前の彼が口を開かずに、周囲のスピーカーから「ナイト」の極上ボイスが響いた。
それは、このレストランの音響システムをジャックした、駿さんによるリアルタイムの生配信――ただし、リスナーは私一人のみの「プライベート・ライブ」だった。
「ひ……っ、……ナイト様……」
『……ああ、そうだ。……その顔だ。……俺の声に、身体の芯まで痺れているお前の姿を、この深海のカメラは一秒も見逃さずに記録している』
テーブルの下で、駿さんの足が私の脚に絡みつく。
逃げ場のない椅子の上で、私の身体は彼の熱に溶かされていく。
『……さあ、言ってみろ、凛。……お前は、三年前から俺の声に、どんな「イケない想像」を膨らませていた? ……俺の声で、どんな風に自分を慰めていたのか……ここで、俺にすべて吐き出せ』
「……そんな、言えるわけ……っ! ……あうぅ……」
私は顔を覆った。けれど、駿さんは私の手首を掴み、無理やりその顔を上げさせた。
「『……言えないなら、身体で教えろ。……お前のその、俺にしか見せない濡れた瞳が、すべてを物語っているぞ。……凛。お前は、俺の「声」という名の暴力に、快感を覚える変態(リスナー)なんだろう?』」
(……卑怯、卑怯です、駿さん……! 私のオタク心と女心を、そんな風に弄ぶなんて……!)
周囲の魚たちが、私たちの情事を見守る観客のように集まってくる。
私は、彼の圧倒的な独占欲と、深海の気圧に押し潰されそうになりながらも、心の中では「最高に尊い……!」と叫んでいる自分を止められなかった。
4. 蒼い迷宮の完結、そして永遠へ
デザートが運ばれてくる頃、私はすでに、彼の「声」の調教によって、椅子に座っているのもやっとの状態だった。
駿さんは立ち上がり、私の背後に回ると、首筋に深く、所有の痕を刻むように唇を押し当てた。
「……凛。この海底レストランは、地上への出口が一つしかない。……そしてその鍵は、俺が持っている。……お前を今夜、ここから出さないことも、海に溶かしてしまうことも……俺の自由だ」
「……いいですよ。……駿さんの望むままに……して、ください……」
私は、もはや抵抗することを完全に放棄した。
彼に愛されることが、彼に支配されることが、私にとって唯一の「受理(アクセプト)」なのだから。
駿さんは、私の耳朶を甘噛みし、地声で、けれどナイトの周波数で最後の一撃を放った。
「『……合格だ、俺の可愛い奥さん。……お前のその「敗北宣言」、しっかりアーカイブに保存させてもらったよ。……さて、地上へ戻る前に、この「海底の檻」で……俺たちの本当のハネムーンを、再開しようか』」
アクリル越しの蒼い世界が、さらに深く、暗く、私たちを包み込んでいく。
完璧なヒロイン・氷室凛。
彼女は、ハイスペ部長が作り上げた「深海の迷宮」で、二度と浮上できないほど深く、愛という名の海へ沈んでいくのだった。
つづく



