1. 楽園の朝と、甘い監禁
モルディブの輝く太陽が、水上ヴィラの全面ガラス窓から惜しみなく降り注いでいた。
波の音に混じって聞こえるのは、私のすぐ隣で眠る一ノ瀬駿――駿さんの規則正しい寝息。昨夜の「レッスン」の熱気がまだ身体の芯に残っていて、シーツと肌が触れ合うたびに、恥ずかしさで脳内が沸騰しそうになる。
(……昨夜の私、あんな声で……駿さんの名前、何度も呼んじゃって……。完全に、受理どころか魂まで搾り取られた気分……)
私は真っ赤な顔でカシミアの薄いブランケットに顔を埋めた。だが、幸せな余韻に浸る時間は、彼が許してはくれなかった。
「……凛。いつまで寝たふりをしている。……朝のサンプリングを始めるぞ」
不意に、すぐ耳元で「ナイト」の極上低音が響いた。
「ひ、ひゃんっ!?」
私が跳ね起きると、そこにはすでに完璧な身なりを整え、手元でタブレットを操作する駿さんの姿があった。彼の瞳には、仕事中よりも鋭く、かつ嗜虐的な愉悦の色が宿っている。
「駿さん……もう、朝からナイト様の声は心臓に悪いです! それに、朝食は……」
「朝食なら、島の反対側にある『プライベート・ラグーン・テラス』に用意させた。……ただし。……そこへ辿り着くには、俺が仕掛けた『ゲーム』をクリアしてもらう」
「……ゲーム、ですか?」
嫌な予感がした。駿さんが「ゲーム」と言うとき、それは私を追い詰め、私の「声」と「反応」を徹底的に楽しむための、ハイスペックな罠であることを私は知っている。
「ああ。……『アイランド・ラブハント』。……このヴィラを出て、テラスまで辿り着くまでの間、島中に仕掛けた百個のアロマスピーカーと隠しマイクが、お前のすべてを追尾する。……お前が正しい道を選び、正しい『声』を俺に届ければ、極上の朝食と、俺からの熱いご褒美を与えよう」
「……もし、失敗したら?」
「その時は……。……昨夜の続きを、この島の太陽の下で、俺が満足するまで受けてもらう」
2. 導きの声、五感の迷宮
私は、駿さんに渡された「専用レシーバー」を耳に装着し、ヴィラの外へと踏み出した。
白い砂浜。透き通った海。だが、この楽園の至る所に、駿さんの執着の結晶であるデバイスが潜んでいる。
『……さあ、最初の分岐点だ、凛。……右か左か。……お前の聴覚を研ぎ澄ませろ。……俺が最も愛している「音」が聞こえる方へ来い』
スピーカーから、駿さんの囁きが流れる。
右の道からは、穏やかな波の音。
左の道からは……。
(……これ。……私が、昨夜の絶頂の中で漏らした、駿さんの名前を呼ぶ声……!?)
左の茂みに設置されたスピーカーから、私の「秘められた声」が、クリアな音質でリピートされていた。
「……っ、駿さんの、変態……! 自分の嫁のこんな声を、島中に響かせるなんて……!」
私は顔から火を吹きそうになりながら、それでも左の道を選ばざるを得なかった。なぜなら、その声こそが、駿さんが世界で一番執着している「音」であることを、私が誰よりも知っているからだ。
進むたびに、アロマの香りが変化する。
私の不安が高まれば、心を落ち着かせるラベンダーが。
私の羞恥心が限界に達すれば、さらに心をかき乱すような甘いイランイランが。
(……ああ、本当に逃げ場がない。……この島全体が、駿さんの巨大な『防音ブース』なんだ。……私は、彼の掌の上で転がされているだけの、迷えるリスナーなんだわ……!)
3. ジャングルの中の「公開処刑」
島の中心部、ヤシの木が鬱蒼と茂るジャングル地帯に入ったとき、レシーバーから駿さんの声が再び響いた。
『……凛。立ち止まれ。……そこにお前のための「課題」を用意してある。……その木箱の中身を、俺に向かってマイク越しに「実況」しろ。……お前が三年前から培ってきた、プロデューサーとしての表現力を見せてみろ』
私は恐る恐る、足元にあった白い木箱を開けた。
中に入っていたのは、一枚の薄い、絹のようなスカーフと……。
「……っ! これ、私が初めてのスパチャと一緒に送った、メッセージのプリントアウト……!?」
【ナイト様、救われました。ありがとうございます。一生、あなたの声に溺れていたい】
三年前、ボロボロだった私が送った、魂の叫び。
『……さあ、読め。……今の、俺の妻としての声で。……あの時の孤独を、今の幸福で上書きして、俺の鼓膜に刻んでみせろ』
私は震える手でそのメッセージを握りしめた。
周囲の木々に隠されたマイクが、私の吐息ひとつ、衣擦れひとつを逃さず拾っている。
私は、覚悟を決めた。
「……ナイト様。……いえ、私の旦那様。……三年前、私はあなたの声に、人生を救われました。……でも、今の私は、あなたの声だけじゃなく、その体温も、強引な優しさも、歪んだ独占欲も……そのすべてを愛しています。……一生、あなただけの『檻』の中で、受理され続けます……!」
叫ぶように告げると、島全体から、割れんばかりの拍手――いや、駿さんがサンプリングした「歓喜のオーケストラ」が鳴り響いた。
4. 終着点、帝王の腕の中
ようやく辿り着いた、島の反対側のテラス。
そこには、クリスタルのテーブルに並べられた最高級のフルーツとシャンパン、そして――。
余裕の笑みを浮かべて椅子に座る、駿さんの姿があった。
「……合格だ、凛。……今の告白、完璧な周波数だった。……俺の心臓が、十年ぶりに激しく波打つのを感じたぞ」
「……駿さん、もう、いじめすぎです。……私、本当に爆死するかと思いました……」
私はよろよろと彼の胸に飛び込んだ。
駿さんは私の身体を強く抱き寄せ、その首筋に、マーキングするように深く顔を埋めた。
「いじめているのではない。……慈しんでいるんだ。……凛。お前という『神曲』を、俺はこの島で、一生かけてリミックスし続ける。……いいな?」
駿さんは私の耳朶を甘噛みし、マイクを意識した、あのナイトのトーンで囁いた。
「『……さて。朝食の後は、ゲームのご褒美だ。……島中のカメラとマイクを「オン」にしたまま……お前がどれだけ俺を求めているか、世界で一番甘い「生配信」を、二人だけで始めようか』」
「…………っ、……はい。……もう、どこまでも、ついていきます……」
完璧なヒロイン・氷室凛。
彼女は、ハイスペ部長の「愛の迷宮」から脱出することを諦め、その腕の中で、永遠の受理(アクセプト)という名の甘美な処刑を、再び受け入れるのだった。
ハニースイート・ハネムーン編、物語はさらなる高み(絶頂)へ。
つづく
モルディブの輝く太陽が、水上ヴィラの全面ガラス窓から惜しみなく降り注いでいた。
波の音に混じって聞こえるのは、私のすぐ隣で眠る一ノ瀬駿――駿さんの規則正しい寝息。昨夜の「レッスン」の熱気がまだ身体の芯に残っていて、シーツと肌が触れ合うたびに、恥ずかしさで脳内が沸騰しそうになる。
(……昨夜の私、あんな声で……駿さんの名前、何度も呼んじゃって……。完全に、受理どころか魂まで搾り取られた気分……)
私は真っ赤な顔でカシミアの薄いブランケットに顔を埋めた。だが、幸せな余韻に浸る時間は、彼が許してはくれなかった。
「……凛。いつまで寝たふりをしている。……朝のサンプリングを始めるぞ」
不意に、すぐ耳元で「ナイト」の極上低音が響いた。
「ひ、ひゃんっ!?」
私が跳ね起きると、そこにはすでに完璧な身なりを整え、手元でタブレットを操作する駿さんの姿があった。彼の瞳には、仕事中よりも鋭く、かつ嗜虐的な愉悦の色が宿っている。
「駿さん……もう、朝からナイト様の声は心臓に悪いです! それに、朝食は……」
「朝食なら、島の反対側にある『プライベート・ラグーン・テラス』に用意させた。……ただし。……そこへ辿り着くには、俺が仕掛けた『ゲーム』をクリアしてもらう」
「……ゲーム、ですか?」
嫌な予感がした。駿さんが「ゲーム」と言うとき、それは私を追い詰め、私の「声」と「反応」を徹底的に楽しむための、ハイスペックな罠であることを私は知っている。
「ああ。……『アイランド・ラブハント』。……このヴィラを出て、テラスまで辿り着くまでの間、島中に仕掛けた百個のアロマスピーカーと隠しマイクが、お前のすべてを追尾する。……お前が正しい道を選び、正しい『声』を俺に届ければ、極上の朝食と、俺からの熱いご褒美を与えよう」
「……もし、失敗したら?」
「その時は……。……昨夜の続きを、この島の太陽の下で、俺が満足するまで受けてもらう」
2. 導きの声、五感の迷宮
私は、駿さんに渡された「専用レシーバー」を耳に装着し、ヴィラの外へと踏み出した。
白い砂浜。透き通った海。だが、この楽園の至る所に、駿さんの執着の結晶であるデバイスが潜んでいる。
『……さあ、最初の分岐点だ、凛。……右か左か。……お前の聴覚を研ぎ澄ませろ。……俺が最も愛している「音」が聞こえる方へ来い』
スピーカーから、駿さんの囁きが流れる。
右の道からは、穏やかな波の音。
左の道からは……。
(……これ。……私が、昨夜の絶頂の中で漏らした、駿さんの名前を呼ぶ声……!?)
左の茂みに設置されたスピーカーから、私の「秘められた声」が、クリアな音質でリピートされていた。
「……っ、駿さんの、変態……! 自分の嫁のこんな声を、島中に響かせるなんて……!」
私は顔から火を吹きそうになりながら、それでも左の道を選ばざるを得なかった。なぜなら、その声こそが、駿さんが世界で一番執着している「音」であることを、私が誰よりも知っているからだ。
進むたびに、アロマの香りが変化する。
私の不安が高まれば、心を落ち着かせるラベンダーが。
私の羞恥心が限界に達すれば、さらに心をかき乱すような甘いイランイランが。
(……ああ、本当に逃げ場がない。……この島全体が、駿さんの巨大な『防音ブース』なんだ。……私は、彼の掌の上で転がされているだけの、迷えるリスナーなんだわ……!)
3. ジャングルの中の「公開処刑」
島の中心部、ヤシの木が鬱蒼と茂るジャングル地帯に入ったとき、レシーバーから駿さんの声が再び響いた。
『……凛。立ち止まれ。……そこにお前のための「課題」を用意してある。……その木箱の中身を、俺に向かってマイク越しに「実況」しろ。……お前が三年前から培ってきた、プロデューサーとしての表現力を見せてみろ』
私は恐る恐る、足元にあった白い木箱を開けた。
中に入っていたのは、一枚の薄い、絹のようなスカーフと……。
「……っ! これ、私が初めてのスパチャと一緒に送った、メッセージのプリントアウト……!?」
【ナイト様、救われました。ありがとうございます。一生、あなたの声に溺れていたい】
三年前、ボロボロだった私が送った、魂の叫び。
『……さあ、読め。……今の、俺の妻としての声で。……あの時の孤独を、今の幸福で上書きして、俺の鼓膜に刻んでみせろ』
私は震える手でそのメッセージを握りしめた。
周囲の木々に隠されたマイクが、私の吐息ひとつ、衣擦れひとつを逃さず拾っている。
私は、覚悟を決めた。
「……ナイト様。……いえ、私の旦那様。……三年前、私はあなたの声に、人生を救われました。……でも、今の私は、あなたの声だけじゃなく、その体温も、強引な優しさも、歪んだ独占欲も……そのすべてを愛しています。……一生、あなただけの『檻』の中で、受理され続けます……!」
叫ぶように告げると、島全体から、割れんばかりの拍手――いや、駿さんがサンプリングした「歓喜のオーケストラ」が鳴り響いた。
4. 終着点、帝王の腕の中
ようやく辿り着いた、島の反対側のテラス。
そこには、クリスタルのテーブルに並べられた最高級のフルーツとシャンパン、そして――。
余裕の笑みを浮かべて椅子に座る、駿さんの姿があった。
「……合格だ、凛。……今の告白、完璧な周波数だった。……俺の心臓が、十年ぶりに激しく波打つのを感じたぞ」
「……駿さん、もう、いじめすぎです。……私、本当に爆死するかと思いました……」
私はよろよろと彼の胸に飛び込んだ。
駿さんは私の身体を強く抱き寄せ、その首筋に、マーキングするように深く顔を埋めた。
「いじめているのではない。……慈しんでいるんだ。……凛。お前という『神曲』を、俺はこの島で、一生かけてリミックスし続ける。……いいな?」
駿さんは私の耳朶を甘噛みし、マイクを意識した、あのナイトのトーンで囁いた。
「『……さて。朝食の後は、ゲームのご褒美だ。……島中のカメラとマイクを「オン」にしたまま……お前がどれだけ俺を求めているか、世界で一番甘い「生配信」を、二人だけで始めようか』」
「…………っ、……はい。……もう、どこまでも、ついていきます……」
完璧なヒロイン・氷室凛。
彼女は、ハイスペ部長の「愛の迷宮」から脱出することを諦め、その腕の中で、永遠の受理(アクセプト)という名の甘美な処刑を、再び受け入れるのだった。
ハニースイート・ハネムーン編、物語はさらなる高み(絶頂)へ。
つづく



