『氷の聖女は推しボイスに溶かされたい〜完璧な私が深夜にスパチャしている相手は、冷徹な鬼部長でした〜』

1. 楽園の朝、目覚めの「指令」
​ モルディブの朝は、あまりにも美しかった。
 水上ヴィラの窓から差し込む、柔らかな陽光。コバルトブルーの海がキラキラと輝き、波の音がまるで子守唄のように響いている。
​ 私は、駿さんの腕の中で目覚めた。
 昨夜の「レッスン」のせいで身体中がだるかったけれど、彼の温もりと、隣で眠る彼の穏やかな寝顔を見ると、それすらも愛おしい。
​「……駿さん……」
 そっと彼の頬に触れようとした、その時。
 
 部屋全体に設置されたアロマスピーカーから、あの「ナイト」の極上低音が響き渡った。
​『……おはよう、凛。……最高の朝だろ? ……だが、今日のレッスンは、これだけでは終わらない』
​ 私は驚いて身を起こした。駿さんはまだ寝息を立てている。
 スピーカーの音量は、私にしか聞こえないほどの、ごく微かな囁きだ。
​『……昨夜のレッスンで、お前は俺の声だけでイけるようになった。……今日のレッスンは、さらに高度な調教だ。……題して、『アイランド・ボイスハント』』
​ 突然の「指令」に、私の頭は混乱した。
 
「……ボイスハント……? 何を言ってるんですか、駿さん……」
 
『……目を覚ましたばかりのお前は、きっと素直な声を出してくれるだろう。……俺の言う通りに動けば、最高の朝食と、俺からの「ご褒美」が待っている。……さあ、脱出ゲームの始まりだ、俺の可愛いリスナー』
​ その言葉の直後、駿さんの寝室側のドアが、自動的にロックされる音が聞こえた。
 私は焦ってドアノブを回したが、びくともしない。
 
(……え? 私、閉じ込められたの!? しかも、寝てる間に、駿さん、一体いつ……!)
​ 彼の寝顔をもう一度見たが、彼は変わらず安らかな眠りについている。
 ……いや、よく見ると、彼の口元が、わずかに、本当にわずかに、弧を描いている気がした。
​2. 「声」が導く迷宮の愛
​『……では、レッスンその壱。……まず、ベッドサイドのタブレットを手に取れ。……そこに、お前を導く最初の「周波数」が記録されている』
​ 言われた通りにタブレットを手に取ると、画面には見慣れない音声ファイルが表示されていた。
 再生すると、そこから流れてきたのは、駿さんの地声だ。
​『……俺の声が聞こえるか、凛? ……お前を捕らえるための、最初の罠だ。……水上ヴィラのテラスへ出ろ。……そこには、お前を「誘う」香りがしているはずだ。……その香りが最も濃い方向へ進め』
​ 私は戸惑いながらも、テラスのドアを開けた。
 朝の清々しい海風に乗って、確かに、甘く芳醇な香りが漂っている。
 それは、私の開発した「恋のアロマ」だった。
​(……この香り……。駿さん、一体どこまで仕組んでるの……!?)
​ 私は香りの方向へと進んだ。椰子の木が生い茂る小道。足元には白い砂浜が続き、その先に、小さなカバナが見えてきた。
 カバナの中に入ると、そこには豪華なフルーツと、焼きたてのパンが並べられた朝食が用意されていた。
 そして、そのテーブルの真ん中には、また小さなアロマスピーカーが置かれている。
​『……よくやった、凛。……レッスンその弐。……朝食を楽しめ。……ただし、食べる間も、お前のすべての咀嚼音、そして満足のため息を、このスピーカーが記録していることを忘れるな。……俺の耳に直接届いているぞ』
​ 耳元で囁かれるようなナイトの声に、私の頬は一気に熱くなった。
 
(……朝食まで監視されてるなんて! 変態だ! でも、なぜか……胸がキュンとするのは、なんでだろう……)
​ 私は、羞恥心と、なぜか高鳴る期待感に駆られながら、朝食を口にした。
 甘いマンゴーの味も、パリパリのクロワッサンの食感も、すべてがスピーカーを通して「彼」に届いていると思うと、いつもより何倍も美味しく感じられた。
​3. 海中の「囁き」と、最後の「指令」
​ 朝食を終えると、再びスピーカーからナイトの声が響いた。
​『……レッスンその参。……満足したか、凛? ……では、水上ヴィラの桟橋の先へ行け。……お前のために、特別な「潜水具」を用意した』
​ 桟橋の先には、最新鋭のシュノーケリングセットが用意されていた。
 まさか、ハネムーンでこんなことまで用意されているなんて。
 私は言われるがままにシュノーケリングセットを装着し、ターコイズブルーの海へと飛び込んだ。
​ 驚いたことに、耳元のシュノーケルには、極小のイヤホンが内蔵されていた。
 水中でも、ナイトの声がクリアに聞こえる。
​『……凛。……海の底は、どうだ? ……静かで、まるで俺の心の中のようだろ? ……そこには、お前を捕らえる「最後の指示」がある』
​ 彼の声に導かれるまま、私は海底に沈められた防水ケースを見つけた。
 ケースを開くと、中には小さなメッセージカードが入っていた。
​「『今すぐ、ヴィラへ戻り、俺の隣で、俺に直接『愛してる』と囁け。……それが、このゲームの最終指令だ』」
​ 私は慌てて海面へと浮上した。
 顔を上げると、水上ヴィラのテラスに、いつの間にか駿さんが立っているのが見えた。
 彼は、柔らかな白いシャツを纏い、片手にはあの高級なアロマスピーカーを持っている。
 その表情は、冷徹な上司でも、甘いナイトでもなく、ただ一人の女の「声」を渇望する、男の顔だった。
​4. 楽園の終着点、そして無限のループ
​ 私は必死にヴィラへと戻った。
 ゼイゼイと息を切らしながら、彼の元へ駆け寄る。
 
「……駿さん……! ……私、……私……」
 
 彼の腕が、私の身体を優しく受け止めた。
 
「……よくやった、凛。……お前は、俺の声が導く迷宮を、見事にクリアしたな。……だが、俺の『愛の迷宮』に、終着点などない」
 
 彼は私の唇を塞ぎ、深いキスを落とした。
 そのキスは、彼からの「ご褒美」であり、同時に、私をさらに奥深くへと引きずり込む、新たな「罠」だった。
 
「『……凛。……愛してる。……お前は、俺の声なしでは生きられない。……そして、俺もまた、お前の声なしでは生きていけない。……これが、俺たち二人の、永遠の『答え』だ』」
 
 私は、彼の言葉に抗うことなく、その愛を受け入れた。
 この島全体が、私を支配するための彼の計画。
 この「ボイスハント」も、私を彼にさらに堕とすための、甘いレッスンだったのだ。
 
「…………はい。……駿さん。……私も、愛してます。……一生、あなたの声に、私を調教してください……」
 
 私の言葉に、駿さんは満足げに微笑んだ。
 彼の指が、私の濡れた髪を優しく撫でる。
 
 モルディブの陽光の下、二人の「ハニースイート・ハネムーン編」は、新たな次元へと突入した。
 
 ……この楽園で、凛が体験する「声」による調教は、まだ始まったばかり。
 果たして、彼女は一ノ瀬の「愛の迷宮」から、無事に(?)抜け出すことができるのか……?
 
 いや、もう抜け出す必要など、ないのかもしれない。
 
 彼女はもう、自ら望んで、その檻の中で永遠に愛されることを選んだのだから。

つづく