1. 執着の答え合わせと、甘い敗北
モルディブへ向かうプライベートジェットの機内。
三年前の面接、社内の防音ブース、そして十年前の非常階段での邂逅。一ノ瀬駿という男が積み上げてきた、狂気にも似た「声のアーカイブ」の全貌を聴かされた私は、激しい目まいに襲われていた。
(……受理。……いや、そんな言葉じゃ足りない。……私の人生、最初からこの人のシナリオ通りだったの……?)
駿さんは、私の震える指先を自分の唇に寄せ、銀色の瞳を細めた。その瞳に宿っているのは、仕事中の冷徹さでも、配信中の包容力でもない。ただ一人の女を、魂の底から欲しがっている一人の男の「飢え」だった。
「どうした、凛。……あまりの執着の深さに、今更逃げ出したくなったか?」
「……逃げられるわけ、ないじゃないですか。……こんなに重くて、甘い檻を三年間も、いえ、十年前から準備されていたなんて。……私、もう駿さんの声以外じゃ、脳が満足できない身体にされてるんですから」
私が自虐的に笑うと、駿さんは満足げに鼻を鳴らし、私の腰を引き寄せて自分の膝の上に跨がらせた。カシミアのガウンがはだけ、私の太腿が彼のスラックスに直接触れる。その熱さに、また心臓が爆発しそうになる。
「いい自覚だ。……俺も、お前を単なる『リスナー』だと思っていた時期はとっくに過ぎた。……お前が俺の正体に気づく前から、俺はお前を、俺の所有物(コレクション)の最上位として扱ってきたんだからな」
2. 秘密の「受理」記録
「……駿さん。一つ、聞いてもいいですか?」
私は彼の広い胸に顔を埋めながら、ずっと気になっていたことを口にした。
「私が、初めて部長の前で『ナイト様の配信』を聴きながら寝落ちしちゃった日のこと。……あの時、本当はどう思ってたんですか?」
それは、同居を始めて間もない頃の出来事だ。
あまりの安心感に、リビングのソファでイヤホンをつけたまま眠ってしまった私。そのイヤホンから流れていたのは、まさに目の前にいる「一ノ瀬駿」の声だった。
駿さんは一瞬だけ意外そうに目を見開いたが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ、あの夜か。……正直に言えば、お前をそのまま押し倒して、耳元で『俺の声に抱かれて眠るのは、どんな気分だ?』と問い詰めたかったよ。……だが、お前の寝顔があまりにも幸福そうで……俺の声がお前の『精神の安定剤』になっていることを確信して、少しだけ独占欲が満たされたのも事実だ」
彼は私の耳朶を甘噛みし、そのまま首筋へと熱い舌を這わせた。
「お前が眠っている間、俺はお前のスマホから流れる『自分の声』を止めて、地声でお前に愛を囁き続けたんだ。……『凛、早く俺に溺れろ』『お前のすべてを俺に受理させろ』とな。……お前、あの時、無意識に俺のシャツを掴んで『……好き』って言ったんだぞ。……あれは反則だ」
(……ひ、ひぃいいいい! 記憶にない! 記憶にないけど、絶対私、その時最高に爆死してたはず……! まさか寝言までサンプリングされてたなんて……!)
私は駿さんの肩を弱く叩いたが、彼はびくともしない。むしろ、その手は私の背中を愛おしそうになぞり、ドレスのジッパーをゆっくりと引き下げ始めた。
3. 機上の「最終アーカイブ」
「……待って、駿さん。……ここは、まだ機内……」
「機内がどうした。……このジェットの乗員はすべて一ノ瀬家の息がかかったプロだ。……それに、この客室はお前の声が漏れないように、あのオフィスのブース以上の防音加工を施してある。……ここでお前がどんなに愛らしい声を上げても、それは俺の耳と、この『記録装置』にしか残らない」
駿さんは、サイドテーブルに置かれた最新型のレコーダーを起動させた。
それは、私たちが共同開発したアロマスピーカーの「プロトタイプ」をさらに改造した、彼専用の「凛の声・収穫機」だった。
「……これからモルディブに着くまでの数時間。……三年前から溜め込んできた俺の執愛(しゅうあい)を、すべてお前の身体に注ぎ込んでやる。……お前の反応、お前の吐息、俺の名を呼ぶ掠れた声……。……そのすべてを、俺の終身アーカイブに保存させてもらうぞ」
彼の指が、私の最も敏感な場所に触れる。
それと同時に、機内のスピーカーから、ナイトとしての、あの世界を溶かすような極上低音が流れ始めた。
『……凛。……目を開けて、俺を見ろ。……画面越しじゃなく、イヤホン越しじゃなく。……今、お前を愛しているのは……お前の推しであり、夫である、俺だ』
目の前の地声と、周囲を包み込むナイトの音。
二つの「一ノ瀬駿」の声に挟み撃ちにされ、私の理性が真っ白に弾け飛んだ。
(……ああ、ダメ。……これ、爆死どころじゃない。……私、魂ごと、この人の声の中に溶けて消えちゃう……!)
私は駿さんの首に必死でしがみついた。
彼の激しい愛撫に応えるたび、私の唇からは、自分でも驚くほど甘い、そして淫らな声が漏れ出す。
そのすべてが、一ノ瀬駿という男の執念深い「アーカイブ」へと刻まれていく。
4. アーカイブの完結、そしてハネムーンの幕開け
数時間後。
プライベートジェットがモルディブのターコイズブルーの海を見下ろす高度まで下がった頃。
私は、駿さんの腕の中で、心地よい脱力感に包まれていた。
彼は、先ほどまで私が上げていた「声」を小さな音量で再生し、それを慈しむように聴きながら、私の乱れた髪を整えてくれた。
「……聴くな、バカ……! 恥ずかしい……!」
「嫌だ。……これが俺の生きる糧(エネルギー)だ。……凛。三年前の面接会場で、お前を無理やり抱き寄せなくて本当によかった。……時間をかけて、お前を俺の声で調教し、自ら俺の腕の中に飛び込んでくるように仕向けた俺の作戦は、完璧だったな」
駿さんは私の額にキスをし、窓の外を指差した。
そこには、一ノ瀬家が所有するプライベートアイランドの全貌が見えていた。
「……回想(アーカイブ)はここまでだ、凛。……ここからは、過去の記録なんて必要ないほどの、濃密な『現実』がお前を待っている。……あの島全体が、お前のための檻であり、俺たちの愛の聖域だ」
私は、彼の強い瞳を見つめ返した。
もはや、そこには迷いも恐怖もない。
この人が、十年前から私を見つけ、三年前から私を救い、そして今、私のすべてを独占している。
その事実は、私にとって世界で一番ラグジュアリーな「救済」だった。
「……駿さん。……ハネムーンの間、私のこと、一秒も休ませないって言いましたよね?」
「ああ。……一滴の吐息まで、搾り取ってやる」
「……いいですよ。……その代わり、私のこの『好き』っていう気持ちも……全部、受理(アーカイブ)してくださいね?」
私が微笑むと、駿さんは一瞬だけ言葉を失ったように目を見開き、そしてかつてないほど激しく私を抱きしめた。
「『……ああ。……お前の声も、心も、魂も……一生かけて、俺が愛し抜いてやる。……覚悟しろよ、俺の完璧なヒロイン』」
プライベートジェットは、黄金色の夕日に包まれながら、二人のための楽園へと降下を開始した。
三年前の深夜二時に始まった、孤独なリスナーと配信者の物語。
それは今、世界で一番甘く、重く、そして終わることのない「溺愛のアーカイブ」へと形を変えて、永遠のハネムーンへと続いていく。
(……受理。……はい、駿さん。……私のすべてを、あなたに捧げます)
【メモリアル・アーカイブ編】 完
モルディブへ向かうプライベートジェットの機内。
三年前の面接、社内の防音ブース、そして十年前の非常階段での邂逅。一ノ瀬駿という男が積み上げてきた、狂気にも似た「声のアーカイブ」の全貌を聴かされた私は、激しい目まいに襲われていた。
(……受理。……いや、そんな言葉じゃ足りない。……私の人生、最初からこの人のシナリオ通りだったの……?)
駿さんは、私の震える指先を自分の唇に寄せ、銀色の瞳を細めた。その瞳に宿っているのは、仕事中の冷徹さでも、配信中の包容力でもない。ただ一人の女を、魂の底から欲しがっている一人の男の「飢え」だった。
「どうした、凛。……あまりの執着の深さに、今更逃げ出したくなったか?」
「……逃げられるわけ、ないじゃないですか。……こんなに重くて、甘い檻を三年間も、いえ、十年前から準備されていたなんて。……私、もう駿さんの声以外じゃ、脳が満足できない身体にされてるんですから」
私が自虐的に笑うと、駿さんは満足げに鼻を鳴らし、私の腰を引き寄せて自分の膝の上に跨がらせた。カシミアのガウンがはだけ、私の太腿が彼のスラックスに直接触れる。その熱さに、また心臓が爆発しそうになる。
「いい自覚だ。……俺も、お前を単なる『リスナー』だと思っていた時期はとっくに過ぎた。……お前が俺の正体に気づく前から、俺はお前を、俺の所有物(コレクション)の最上位として扱ってきたんだからな」
2. 秘密の「受理」記録
「……駿さん。一つ、聞いてもいいですか?」
私は彼の広い胸に顔を埋めながら、ずっと気になっていたことを口にした。
「私が、初めて部長の前で『ナイト様の配信』を聴きながら寝落ちしちゃった日のこと。……あの時、本当はどう思ってたんですか?」
それは、同居を始めて間もない頃の出来事だ。
あまりの安心感に、リビングのソファでイヤホンをつけたまま眠ってしまった私。そのイヤホンから流れていたのは、まさに目の前にいる「一ノ瀬駿」の声だった。
駿さんは一瞬だけ意外そうに目を見開いたが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ、あの夜か。……正直に言えば、お前をそのまま押し倒して、耳元で『俺の声に抱かれて眠るのは、どんな気分だ?』と問い詰めたかったよ。……だが、お前の寝顔があまりにも幸福そうで……俺の声がお前の『精神の安定剤』になっていることを確信して、少しだけ独占欲が満たされたのも事実だ」
彼は私の耳朶を甘噛みし、そのまま首筋へと熱い舌を這わせた。
「お前が眠っている間、俺はお前のスマホから流れる『自分の声』を止めて、地声でお前に愛を囁き続けたんだ。……『凛、早く俺に溺れろ』『お前のすべてを俺に受理させろ』とな。……お前、あの時、無意識に俺のシャツを掴んで『……好き』って言ったんだぞ。……あれは反則だ」
(……ひ、ひぃいいいい! 記憶にない! 記憶にないけど、絶対私、その時最高に爆死してたはず……! まさか寝言までサンプリングされてたなんて……!)
私は駿さんの肩を弱く叩いたが、彼はびくともしない。むしろ、その手は私の背中を愛おしそうになぞり、ドレスのジッパーをゆっくりと引き下げ始めた。
3. 機上の「最終アーカイブ」
「……待って、駿さん。……ここは、まだ機内……」
「機内がどうした。……このジェットの乗員はすべて一ノ瀬家の息がかかったプロだ。……それに、この客室はお前の声が漏れないように、あのオフィスのブース以上の防音加工を施してある。……ここでお前がどんなに愛らしい声を上げても、それは俺の耳と、この『記録装置』にしか残らない」
駿さんは、サイドテーブルに置かれた最新型のレコーダーを起動させた。
それは、私たちが共同開発したアロマスピーカーの「プロトタイプ」をさらに改造した、彼専用の「凛の声・収穫機」だった。
「……これからモルディブに着くまでの数時間。……三年前から溜め込んできた俺の執愛(しゅうあい)を、すべてお前の身体に注ぎ込んでやる。……お前の反応、お前の吐息、俺の名を呼ぶ掠れた声……。……そのすべてを、俺の終身アーカイブに保存させてもらうぞ」
彼の指が、私の最も敏感な場所に触れる。
それと同時に、機内のスピーカーから、ナイトとしての、あの世界を溶かすような極上低音が流れ始めた。
『……凛。……目を開けて、俺を見ろ。……画面越しじゃなく、イヤホン越しじゃなく。……今、お前を愛しているのは……お前の推しであり、夫である、俺だ』
目の前の地声と、周囲を包み込むナイトの音。
二つの「一ノ瀬駿」の声に挟み撃ちにされ、私の理性が真っ白に弾け飛んだ。
(……ああ、ダメ。……これ、爆死どころじゃない。……私、魂ごと、この人の声の中に溶けて消えちゃう……!)
私は駿さんの首に必死でしがみついた。
彼の激しい愛撫に応えるたび、私の唇からは、自分でも驚くほど甘い、そして淫らな声が漏れ出す。
そのすべてが、一ノ瀬駿という男の執念深い「アーカイブ」へと刻まれていく。
4. アーカイブの完結、そしてハネムーンの幕開け
数時間後。
プライベートジェットがモルディブのターコイズブルーの海を見下ろす高度まで下がった頃。
私は、駿さんの腕の中で、心地よい脱力感に包まれていた。
彼は、先ほどまで私が上げていた「声」を小さな音量で再生し、それを慈しむように聴きながら、私の乱れた髪を整えてくれた。
「……聴くな、バカ……! 恥ずかしい……!」
「嫌だ。……これが俺の生きる糧(エネルギー)だ。……凛。三年前の面接会場で、お前を無理やり抱き寄せなくて本当によかった。……時間をかけて、お前を俺の声で調教し、自ら俺の腕の中に飛び込んでくるように仕向けた俺の作戦は、完璧だったな」
駿さんは私の額にキスをし、窓の外を指差した。
そこには、一ノ瀬家が所有するプライベートアイランドの全貌が見えていた。
「……回想(アーカイブ)はここまでだ、凛。……ここからは、過去の記録なんて必要ないほどの、濃密な『現実』がお前を待っている。……あの島全体が、お前のための檻であり、俺たちの愛の聖域だ」
私は、彼の強い瞳を見つめ返した。
もはや、そこには迷いも恐怖もない。
この人が、十年前から私を見つけ、三年前から私を救い、そして今、私のすべてを独占している。
その事実は、私にとって世界で一番ラグジュアリーな「救済」だった。
「……駿さん。……ハネムーンの間、私のこと、一秒も休ませないって言いましたよね?」
「ああ。……一滴の吐息まで、搾り取ってやる」
「……いいですよ。……その代わり、私のこの『好き』っていう気持ちも……全部、受理(アーカイブ)してくださいね?」
私が微笑むと、駿さんは一瞬だけ言葉を失ったように目を見開き、そしてかつてないほど激しく私を抱きしめた。
「『……ああ。……お前の声も、心も、魂も……一生かけて、俺が愛し抜いてやる。……覚悟しろよ、俺の完璧なヒロイン』」
プライベートジェットは、黄金色の夕日に包まれながら、二人のための楽園へと降下を開始した。
三年前の深夜二時に始まった、孤独なリスナーと配信者の物語。
それは今、世界で一番甘く、重く、そして終わることのない「溺愛のアーカイブ」へと形を変えて、永遠のハネムーンへと続いていく。
(……受理。……はい、駿さん。……私のすべてを、あなたに捧げます)
【メモリアル・アーカイブ編】 完



