1. 理性の限界と、ある「閃き」
三年前の出会いから、俺の日常は「氷室凛」という名の観測対象を中心に回転し始めていた。
昼間は、部下として彼女を厳しく律し、夜は「ナイト」として彼女の心を全裸にする。その二重生活は、俺にとって甘美な愉悦であったと同時に、耐えがたい飢餓感の源でもあった。
特に、彼女を「部下」として見ている時のストレスは、日に日に限界を迎えつつあった。
サンスターツのオフィスは、一見モダンで広々としているが、俺からすれば欠陥だらけだ。
なぜなら、俺のデスクから彼女のデスクまでの距離が、あまりにも遠すぎる。
彼女の繊細な指先がキーボードを叩く音、集中した時に微かに漏れる溜息、そして——彼女の側を通る無能な男社員たちが、下劣な下心を抱いて彼女に話しかける時の不快な周波数。
それらすべてが、俺の鼓膜を苛立たせ、独占欲という名の黒い感情を増幅させていた。
(……限界だな。彼女を、誰の目にも触れない場所に隠したい。……だが、ただ隠すだけでは、彼女の『有能な仕事ぶり』が見られない。……ならば、職場の中に『俺だけの檻』を作ればいい)
その閃きが、あの「防音・遮光・最高級ワークブース」の設置へと繋がった。
2. 「檻」の設計図は、愛の設計図
俺はすぐに、社外の特殊建築会社に連絡を入れた。
名目は「極秘プロジェクトの機密保持と、音響解析に特化した集中環境の構築」。だが、俺が担当者に突きつけた仕様書は、もはや狂気の沙汰だった。
「外からは一切中の様子が見えず、音も漏れないこと。だが、中からは俺のデスクだけが見えるよう、特殊な偏光ガラスを採用してくれ」
「それから、ブース内の集音マイクは、NASAが使用するレベルの超高感度なものを。……彼女の鼓動の揺れまで、俺のデスクで聴けるようにしたい」
担当者は引き攣った笑いを浮かべていたが、一ノ瀬家の財力と、俺が提示した巨額の特別発注費を前に、首を縦に振るしかなかった。
ブースが完成し、彼女のデスクの隣に設置されたあの日。
困惑し、眉を潜めながらも、業務命令に従ってその「檻」に足を踏み入れる彼女の後ろ姿を見て、俺はデスクの下でペンを三回、激しくノックした。
(さあ、凛。そこがお前の新しい居場所だ。……世界で一番贅沢で、世界で一番逃げ場のない、俺の腕の中のような箱だ)
3. スピーカー越しの「調教」
ブースの稼働が始まると、俺の日常は極上のエンターテインメントへと化した。
俺は自分のデスクにいながら、手元のタブレットでブース内の彼女を完全に監視できる。
ヘッドフォンを装着すれば、彼女が資料をめくる音、コーヒーを啜る音、そして時折、俺(ナイト)のことを考えているのか、小さく「……はぁ」と熱を帯びた息を吐く音が、ダイレクトに脳に届く。
さらに俺がこだわったのは、ブース内の「双方向通信システム」だ。
俺は仕事の手を休めることなく、彼女の耳元に設置されたスピーカーへ、ナイトとしての周波数を微かに混ぜて話しかける。
『……氷室、聞こえるか。……今、お前のタイピングが少し乱れたな。……何を考えている? 昨夜の配信の続きか?』
すりガラス越しに見える彼女の影が、びくん、と跳ねる。
彼女が慌ててインターホン越しに「な、何でもありません! 集中しています!」と返してくるが、その声は上気し、微かに震えている。
俺はその震えを波形としてモニターし、彼女がどれだけ俺の言葉に反応し、どれだけ「爆死」しているかを数値化して楽しんだ。
時には、わざとブースのすぐ外まで行き、ガラス一枚隔てた至近距離で、彼女に聞こえるように他の社員を厳しく叱責してみせる。
冷徹な上司としての俺の声。
その後、ブースに戻った彼女の耳元に、今度はナイトとしての甘い囁きを流し込む。
『……外の俺は怖かったか? ……安心しろ。……檻の中にいるお前だけは、俺が世界で一番優しく、甘く、壊してやるからな』
ガラスの向こうで、彼女がデスクに突っ伏すのが見えた。
完璧な「氷壁の聖女」が、俺が作った箱の中で、俺の声によってメロメロに溶かされている。
その光景こそが、俺が三年間待ち望んでいた、最高の報酬だった。
4. ハネムーンの空の上で、檻の再定義
「……最低です。駿さん、本当に、本当に性格が悪すぎます……っ!」
プライベートジェットの機内。
俺が当時の「密謀」を詳細に明かすと、凛は顔を真っ赤にして、カシミアのガウンを振り回しながら抗議してきた。
「性格が悪い? 心外だな。俺はただ、お前が誰よりも効率的に、かつ安全に、俺への愛を育める環境を提供しただけだ」
「安全じゃありません! 心臓に悪すぎます! 私、あのブースの中で何度、天を仰いで召されそうになったか……!」
「ああ、知っている。……お前が召されそうになるたびに、ブース内のアロマが『恍惚』の成分を感知して濃度を上げていたからな」
凛は絶句し、もはや声も出ないようだった。
俺は彼女を逃がさないように膝の上に固定し、その細い首筋に顔を埋めた。
「凛。……あのブースは、試作機に過ぎない。……今度のハネムーンのアイランド全体が、お前のための『新しい檻』だ。……防音設備、監視カメラ、そして——お前の声を二十四時間逃さない、俺の耳」
「…………っ、ひぃ……!」
「『……凛。職場ではガラス越しだったが……これからは、肌を重ねた状態で、俺の声をお前の奥まで響かせてやる。……お前が「受理」どころか、俺なしでは呼吸もできなくなるまで、な』」
一ノ瀬駿の瞳には、三年前から変わらない、いや、当時よりも何万倍も肥大化した「独占愛」が渦巻いていた。
凛は、恐怖と、それ以上の抗えない快感に身を震わせながら、駿さんの首に手を回した。
(……ああ。私は、この「檻」の住人になるために生まれてきたのかもしれない。……こんなに恐ろしくて、こんなに甘い場所、世界中のどこにもないから)
プライベートジェットは、ついに降下を始めた。
眼下に見えるのは、一ノ瀬家が所有する、地図にも載っていないプライベートアイランド。
そこは、世界で一番ラグジュアリーで、世界で一番逃げ場のない——二人のための、真実の楽園。
「『……さあ、行こうか、俺の完璧なプロデューサー。……今夜は、お前の声を、朝まで「録音」し続けてやる』」
「…………はい。……全部、捧げます……」
新感覚ラブコメ、ここに真の完結。
……いや、ここからは、二人だけの「配信禁止」の時間が、永遠に続いていく。
つづく
三年前の出会いから、俺の日常は「氷室凛」という名の観測対象を中心に回転し始めていた。
昼間は、部下として彼女を厳しく律し、夜は「ナイト」として彼女の心を全裸にする。その二重生活は、俺にとって甘美な愉悦であったと同時に、耐えがたい飢餓感の源でもあった。
特に、彼女を「部下」として見ている時のストレスは、日に日に限界を迎えつつあった。
サンスターツのオフィスは、一見モダンで広々としているが、俺からすれば欠陥だらけだ。
なぜなら、俺のデスクから彼女のデスクまでの距離が、あまりにも遠すぎる。
彼女の繊細な指先がキーボードを叩く音、集中した時に微かに漏れる溜息、そして——彼女の側を通る無能な男社員たちが、下劣な下心を抱いて彼女に話しかける時の不快な周波数。
それらすべてが、俺の鼓膜を苛立たせ、独占欲という名の黒い感情を増幅させていた。
(……限界だな。彼女を、誰の目にも触れない場所に隠したい。……だが、ただ隠すだけでは、彼女の『有能な仕事ぶり』が見られない。……ならば、職場の中に『俺だけの檻』を作ればいい)
その閃きが、あの「防音・遮光・最高級ワークブース」の設置へと繋がった。
2. 「檻」の設計図は、愛の設計図
俺はすぐに、社外の特殊建築会社に連絡を入れた。
名目は「極秘プロジェクトの機密保持と、音響解析に特化した集中環境の構築」。だが、俺が担当者に突きつけた仕様書は、もはや狂気の沙汰だった。
「外からは一切中の様子が見えず、音も漏れないこと。だが、中からは俺のデスクだけが見えるよう、特殊な偏光ガラスを採用してくれ」
「それから、ブース内の集音マイクは、NASAが使用するレベルの超高感度なものを。……彼女の鼓動の揺れまで、俺のデスクで聴けるようにしたい」
担当者は引き攣った笑いを浮かべていたが、一ノ瀬家の財力と、俺が提示した巨額の特別発注費を前に、首を縦に振るしかなかった。
ブースが完成し、彼女のデスクの隣に設置されたあの日。
困惑し、眉を潜めながらも、業務命令に従ってその「檻」に足を踏み入れる彼女の後ろ姿を見て、俺はデスクの下でペンを三回、激しくノックした。
(さあ、凛。そこがお前の新しい居場所だ。……世界で一番贅沢で、世界で一番逃げ場のない、俺の腕の中のような箱だ)
3. スピーカー越しの「調教」
ブースの稼働が始まると、俺の日常は極上のエンターテインメントへと化した。
俺は自分のデスクにいながら、手元のタブレットでブース内の彼女を完全に監視できる。
ヘッドフォンを装着すれば、彼女が資料をめくる音、コーヒーを啜る音、そして時折、俺(ナイト)のことを考えているのか、小さく「……はぁ」と熱を帯びた息を吐く音が、ダイレクトに脳に届く。
さらに俺がこだわったのは、ブース内の「双方向通信システム」だ。
俺は仕事の手を休めることなく、彼女の耳元に設置されたスピーカーへ、ナイトとしての周波数を微かに混ぜて話しかける。
『……氷室、聞こえるか。……今、お前のタイピングが少し乱れたな。……何を考えている? 昨夜の配信の続きか?』
すりガラス越しに見える彼女の影が、びくん、と跳ねる。
彼女が慌ててインターホン越しに「な、何でもありません! 集中しています!」と返してくるが、その声は上気し、微かに震えている。
俺はその震えを波形としてモニターし、彼女がどれだけ俺の言葉に反応し、どれだけ「爆死」しているかを数値化して楽しんだ。
時には、わざとブースのすぐ外まで行き、ガラス一枚隔てた至近距離で、彼女に聞こえるように他の社員を厳しく叱責してみせる。
冷徹な上司としての俺の声。
その後、ブースに戻った彼女の耳元に、今度はナイトとしての甘い囁きを流し込む。
『……外の俺は怖かったか? ……安心しろ。……檻の中にいるお前だけは、俺が世界で一番優しく、甘く、壊してやるからな』
ガラスの向こうで、彼女がデスクに突っ伏すのが見えた。
完璧な「氷壁の聖女」が、俺が作った箱の中で、俺の声によってメロメロに溶かされている。
その光景こそが、俺が三年間待ち望んでいた、最高の報酬だった。
4. ハネムーンの空の上で、檻の再定義
「……最低です。駿さん、本当に、本当に性格が悪すぎます……っ!」
プライベートジェットの機内。
俺が当時の「密謀」を詳細に明かすと、凛は顔を真っ赤にして、カシミアのガウンを振り回しながら抗議してきた。
「性格が悪い? 心外だな。俺はただ、お前が誰よりも効率的に、かつ安全に、俺への愛を育める環境を提供しただけだ」
「安全じゃありません! 心臓に悪すぎます! 私、あのブースの中で何度、天を仰いで召されそうになったか……!」
「ああ、知っている。……お前が召されそうになるたびに、ブース内のアロマが『恍惚』の成分を感知して濃度を上げていたからな」
凛は絶句し、もはや声も出ないようだった。
俺は彼女を逃がさないように膝の上に固定し、その細い首筋に顔を埋めた。
「凛。……あのブースは、試作機に過ぎない。……今度のハネムーンのアイランド全体が、お前のための『新しい檻』だ。……防音設備、監視カメラ、そして——お前の声を二十四時間逃さない、俺の耳」
「…………っ、ひぃ……!」
「『……凛。職場ではガラス越しだったが……これからは、肌を重ねた状態で、俺の声をお前の奥まで響かせてやる。……お前が「受理」どころか、俺なしでは呼吸もできなくなるまで、な』」
一ノ瀬駿の瞳には、三年前から変わらない、いや、当時よりも何万倍も肥大化した「独占愛」が渦巻いていた。
凛は、恐怖と、それ以上の抗えない快感に身を震わせながら、駿さんの首に手を回した。
(……ああ。私は、この「檻」の住人になるために生まれてきたのかもしれない。……こんなに恐ろしくて、こんなに甘い場所、世界中のどこにもないから)
プライベートジェットは、ついに降下を始めた。
眼下に見えるのは、一ノ瀬家が所有する、地図にも載っていないプライベートアイランド。
そこは、世界で一番ラグジュアリーで、世界で一番逃げ場のない——二人のための、真実の楽園。
「『……さあ、行こうか、俺の完璧なプロデューサー。……今夜は、お前の声を、朝まで「録音」し続けてやる』」
「…………はい。……全部、捧げます……」
新感覚ラブコメ、ここに真の完結。
……いや、ここからは、二人だけの「配信禁止」の時間が、永遠に続いていく。
つづく



