1. 公認という名の「独占」
月曜日、午前九時。
サンスターツ本社ビルに足を踏み入れた氷室凛は、周囲の視線に、もはや「氷壁の聖女」の仮面を維持するのを諦めかけていた。
先日の「一ノ瀬本邸への乗り込み」と「ナイト卒業配信」から数日。社内の噂は爆発的な勢いで広まり、今や凛が「一ノ瀬部長の婚約者」であることは、警備員から清掃員までが知る公然の事実となっていた。
「おはようございます、氷室……いえ、一ノ瀬夫人(仮)」
廊下ですれ違う他部署の同僚たちが、茶化すような、それでいて深い敬意(と一ノ瀬への恐怖)が混じった声をかけてくる。
「……おはようございます。まだ、氷室です」
凛は頬を赤らめながらも、背筋を伸ばして歩く。
だが、自分のデスクに着こうとした凛の足を止めたのは、彼女の席の隣に置かれた「異様な光景」だった。
「……何ですか、これは」
凛が絶句したのは、彼女のデスクを囲むように設置された、防音・防振・遮光機能を備えた「最高級ワークブース」だ。それも、中には特注のゲーミングチェアと、一ノ瀬の部屋にあるものと同じ最高級の音響設備が整えられている。
「ああ、それか。部長からの指示で今朝設置したんだ」
設営担当の社員が、同情の入り混じった目で言った。
「『氷室プロデューサーの聴覚を保護し、機密情報を守るため、今後はこの中で作業をさせる』……とのことだ」
(……嘘でしょ。これ、どう見ても『檻』じゃない。部長、ついに職場でも私を監禁し始めたの……!?)
2. 部長室の「密室教育」
凛が抗議のために部長室のドアを叩くと、そこには普段以上に「帝王」の風格を漂わせた一ノ瀬が座っていた。
「氷室、遅かったな。新しいデスクの座り心地はどうだ?」
「どうだ、ではありません! 部長、あんなの目立ちすぎて仕事になりません! しかも、あの中、部長室と直通のインターホンが繋がっているって……!」
一ノ瀬は立ち上がり、凛に近づくと、その細い腰を引き寄せて自分のデスクに座らせた。
「当たり前だ。お前はもう、俺の妻になる女なんだぞ。他の男の雑音に触れさせるわけにはいかない。……それに、お前の『有能すぎる声』は、俺だけが管理する」
「仕事中は、部長と部下です! 公私混同……っ」
「……公私混同? 違うな。これは『生産性の向上』だ」
一ノ瀬は凛の耳元に唇を寄せ、ナイト様の、あの理性を溶かす低音ボイスを放った。
「お前がブースの中にいれば、俺はいつでも、誰にも邪魔されずに、お前に『特別な指示』が出せる。……例えば、今夜の夕飯の献立の相談とか……お前を今すぐ抱きしめたいという、切実な業務連絡とかな」
(……ひぎゃあああ! ナイト様の声で『夕飯の献立』とか言われた! 尊死……! 尊すぎて、仕事のやる気が一気に蒸発した……!)
凛の頭の中はスパチャの嵐でパンク寸前だ。一ノ瀬は、凛が骨抜きになったのを見逃さず、彼女の首筋に残る「刻印」を指でなぞった。
3. 完璧なプロデューサーの、不完全な抵抗
午後。凛は結局、例の「監禁ブース」の中で作業を開始した。
しかし、一ノ瀬の予言通り、それは仕事にならなかった。ブース内に備え付けられたスピーカーから、不定期に一ノ瀬の「生配信」が届くからだ。
『……凛、聞こえるか。今、お前がキーボードを叩く音が、振動センサーを通じて俺のデスクまで届いているぞ。……いいリズムだ。俺を求めている時の鼓動に似ているな』
「っ、部長! マイクを切ってください! 集中できません!」
『嫌だ。俺は今、次のプロモーションのプロットを練っている。……凛、お前の意見が聞きたい。……「愛する男に一生飼われることを決意した女の、甘美な敗北宣言」……このコピーはどうだ?』
「……それ、私をモデルにしてますよね!? 却下です、絶対却下!」
凛は必死でキーボードを叩き、一ノ瀬の「囁き攻撃」を無視しようとする。だが、一ノ瀬の独占欲はとどまることを知らない。
ブースのすりガラスがノックされ、扉が開く。そこには、コーヒーカップを二つ持った一ノ瀬が立っていた。
「……休憩だ、凛。お前の好きなサンダルウッドの香りを追加しておいた」
「……部長、ここ、職場ですよ? みんな見てますよ?」
「見ればいい。……俺が俺の婚約者を労って何が悪い。……それに」
一ノ瀬はブースの中に入り、内側からカチリと鍵をかけた。
狭いブース内。二人の体温が急上昇し、アロマの香りが充満する。
「……ここなら、誰にも見られない。……お前が俺に甘える声も、俺がお前を愛でる音も……この防音壁がすべて飲み込んでくれる」
「……っ、そんな……」
一ノ瀬は凛を抱き上げ、デスクの上に座らせた。凛のスカートが捲れ、白い太腿が一ノ瀬の視線に晒される。
「凛。……今日一日、お前を他の男の視界に入れたくなくて、俺がどれだけ我慢したか分かっているのか?」
一ノ瀬の瞳には、配信では決して見せない、獣のような剥き出しの情熱が宿っていた。
4. 伏線回収:二人の「秘密の音」
一ノ瀬は凛の耳朶を軽く噛み、そのまま首筋へと熱い唇を這わせた。
「……思い出すな。三年前、お前が内定した日の夜。俺はお前にヘッドフォンを贈ったが、実はもう一つ、お前に贈ったものがあったんだぞ」
「え……? ありませんでしたよ?」
「お前のPCの起動音だ。……あの音、俺が自らサンプリングして、システムに忍び込ませたんだ」
凛は驚愕した。三年前、会社から支給されたPC。その起動音は、どこか心が安らぐ、不思議な和音だった。
「……あれ、部長の声だったんですか?」
「ああ。……『おかえり、俺の凛』。その言葉を、人間の耳には聞こえない周波数に変換して、お前の潜在意識に刻み込んでいたんだ。……だからお前は、俺の声(ナイト)に出会った瞬間、逃れられない運命だと感じたのさ」
(……執念! 執念が深すぎる! 3年前からサブリミナルで洗脳されてたなんて……! でも、それすらも愛おしいと思ってしまう私は、もう手遅れの重症オタクなんだ……!)
凛は一ノ瀬の首に腕を回し、自ら唇を重ねた。
部長室の奥に設置された「檻(ブース)」の中で、二人の情熱は仕事の枠を超え、狂おしく絡み合う。
サンスターツの社員たちが、ブースの前を通るたびに「今日も部長の溺愛が爆発してるな……」と遠巻きに見守る中、凛は確信した。
自分はもう、この男の声という名の檻から、一生出たくないのだと。
5. 最終回への予感
嵐のような甘い業務時間が終わり、退社時間。一ノ瀬は凛の指に改めてキスを落とし、告げた。
「……凛。明日は、いよいよ披露宴の最終打ち合わせだ。……世界中にお前が『俺のもの』だと知らしめる、最高の舞台を用意してある」
「……はい。覚悟は、できています」
凛は一ノ瀬の胸に顔を埋めた。
完璧なヒロイン・氷室凛。
彼女は、公私混同を通り越した「極上の飼育」に浸りながら、物語のグランドフィナーレへと向かう。
つづく
月曜日、午前九時。
サンスターツ本社ビルに足を踏み入れた氷室凛は、周囲の視線に、もはや「氷壁の聖女」の仮面を維持するのを諦めかけていた。
先日の「一ノ瀬本邸への乗り込み」と「ナイト卒業配信」から数日。社内の噂は爆発的な勢いで広まり、今や凛が「一ノ瀬部長の婚約者」であることは、警備員から清掃員までが知る公然の事実となっていた。
「おはようございます、氷室……いえ、一ノ瀬夫人(仮)」
廊下ですれ違う他部署の同僚たちが、茶化すような、それでいて深い敬意(と一ノ瀬への恐怖)が混じった声をかけてくる。
「……おはようございます。まだ、氷室です」
凛は頬を赤らめながらも、背筋を伸ばして歩く。
だが、自分のデスクに着こうとした凛の足を止めたのは、彼女の席の隣に置かれた「異様な光景」だった。
「……何ですか、これは」
凛が絶句したのは、彼女のデスクを囲むように設置された、防音・防振・遮光機能を備えた「最高級ワークブース」だ。それも、中には特注のゲーミングチェアと、一ノ瀬の部屋にあるものと同じ最高級の音響設備が整えられている。
「ああ、それか。部長からの指示で今朝設置したんだ」
設営担当の社員が、同情の入り混じった目で言った。
「『氷室プロデューサーの聴覚を保護し、機密情報を守るため、今後はこの中で作業をさせる』……とのことだ」
(……嘘でしょ。これ、どう見ても『檻』じゃない。部長、ついに職場でも私を監禁し始めたの……!?)
2. 部長室の「密室教育」
凛が抗議のために部長室のドアを叩くと、そこには普段以上に「帝王」の風格を漂わせた一ノ瀬が座っていた。
「氷室、遅かったな。新しいデスクの座り心地はどうだ?」
「どうだ、ではありません! 部長、あんなの目立ちすぎて仕事になりません! しかも、あの中、部長室と直通のインターホンが繋がっているって……!」
一ノ瀬は立ち上がり、凛に近づくと、その細い腰を引き寄せて自分のデスクに座らせた。
「当たり前だ。お前はもう、俺の妻になる女なんだぞ。他の男の雑音に触れさせるわけにはいかない。……それに、お前の『有能すぎる声』は、俺だけが管理する」
「仕事中は、部長と部下です! 公私混同……っ」
「……公私混同? 違うな。これは『生産性の向上』だ」
一ノ瀬は凛の耳元に唇を寄せ、ナイト様の、あの理性を溶かす低音ボイスを放った。
「お前がブースの中にいれば、俺はいつでも、誰にも邪魔されずに、お前に『特別な指示』が出せる。……例えば、今夜の夕飯の献立の相談とか……お前を今すぐ抱きしめたいという、切実な業務連絡とかな」
(……ひぎゃあああ! ナイト様の声で『夕飯の献立』とか言われた! 尊死……! 尊すぎて、仕事のやる気が一気に蒸発した……!)
凛の頭の中はスパチャの嵐でパンク寸前だ。一ノ瀬は、凛が骨抜きになったのを見逃さず、彼女の首筋に残る「刻印」を指でなぞった。
3. 完璧なプロデューサーの、不完全な抵抗
午後。凛は結局、例の「監禁ブース」の中で作業を開始した。
しかし、一ノ瀬の予言通り、それは仕事にならなかった。ブース内に備え付けられたスピーカーから、不定期に一ノ瀬の「生配信」が届くからだ。
『……凛、聞こえるか。今、お前がキーボードを叩く音が、振動センサーを通じて俺のデスクまで届いているぞ。……いいリズムだ。俺を求めている時の鼓動に似ているな』
「っ、部長! マイクを切ってください! 集中できません!」
『嫌だ。俺は今、次のプロモーションのプロットを練っている。……凛、お前の意見が聞きたい。……「愛する男に一生飼われることを決意した女の、甘美な敗北宣言」……このコピーはどうだ?』
「……それ、私をモデルにしてますよね!? 却下です、絶対却下!」
凛は必死でキーボードを叩き、一ノ瀬の「囁き攻撃」を無視しようとする。だが、一ノ瀬の独占欲はとどまることを知らない。
ブースのすりガラスがノックされ、扉が開く。そこには、コーヒーカップを二つ持った一ノ瀬が立っていた。
「……休憩だ、凛。お前の好きなサンダルウッドの香りを追加しておいた」
「……部長、ここ、職場ですよ? みんな見てますよ?」
「見ればいい。……俺が俺の婚約者を労って何が悪い。……それに」
一ノ瀬はブースの中に入り、内側からカチリと鍵をかけた。
狭いブース内。二人の体温が急上昇し、アロマの香りが充満する。
「……ここなら、誰にも見られない。……お前が俺に甘える声も、俺がお前を愛でる音も……この防音壁がすべて飲み込んでくれる」
「……っ、そんな……」
一ノ瀬は凛を抱き上げ、デスクの上に座らせた。凛のスカートが捲れ、白い太腿が一ノ瀬の視線に晒される。
「凛。……今日一日、お前を他の男の視界に入れたくなくて、俺がどれだけ我慢したか分かっているのか?」
一ノ瀬の瞳には、配信では決して見せない、獣のような剥き出しの情熱が宿っていた。
4. 伏線回収:二人の「秘密の音」
一ノ瀬は凛の耳朶を軽く噛み、そのまま首筋へと熱い唇を這わせた。
「……思い出すな。三年前、お前が内定した日の夜。俺はお前にヘッドフォンを贈ったが、実はもう一つ、お前に贈ったものがあったんだぞ」
「え……? ありませんでしたよ?」
「お前のPCの起動音だ。……あの音、俺が自らサンプリングして、システムに忍び込ませたんだ」
凛は驚愕した。三年前、会社から支給されたPC。その起動音は、どこか心が安らぐ、不思議な和音だった。
「……あれ、部長の声だったんですか?」
「ああ。……『おかえり、俺の凛』。その言葉を、人間の耳には聞こえない周波数に変換して、お前の潜在意識に刻み込んでいたんだ。……だからお前は、俺の声(ナイト)に出会った瞬間、逃れられない運命だと感じたのさ」
(……執念! 執念が深すぎる! 3年前からサブリミナルで洗脳されてたなんて……! でも、それすらも愛おしいと思ってしまう私は、もう手遅れの重症オタクなんだ……!)
凛は一ノ瀬の首に腕を回し、自ら唇を重ねた。
部長室の奥に設置された「檻(ブース)」の中で、二人の情熱は仕事の枠を超え、狂おしく絡み合う。
サンスターツの社員たちが、ブースの前を通るたびに「今日も部長の溺愛が爆発してるな……」と遠巻きに見守る中、凛は確信した。
自分はもう、この男の声という名の檻から、一生出たくないのだと。
5. 最終回への予感
嵐のような甘い業務時間が終わり、退社時間。一ノ瀬は凛の指に改めてキスを落とし、告げた。
「……凛。明日は、いよいよ披露宴の最終打ち合わせだ。……世界中にお前が『俺のもの』だと知らしめる、最高の舞台を用意してある」
「……はい。覚悟は、できています」
凛は一ノ瀬の胸に顔を埋めた。
完璧なヒロイン・氷室凛。
彼女は、公私混同を通り越した「極上の飼育」に浸りながら、物語のグランドフィナーレへと向かう。
つづく



