スケッチブック

――雪

七星は、まっすぐだった。
話すときも、笑うときも、
迷いがなくて、
こちらをちゃんと見ている。

「雪って、優しいね」
そう言われると、
どう返していいかわからなくなる。

優しい、という言葉の裏に、
期待が含まれている気がして。

——応えられなかったら、どうしよう。

だから、
一歩引いた距離で接した。
困っていたら助ける。
話しかけられたら話す。
でも、それ以上は踏み込まない。

それが、
自分なりの誠実さだと思っていた。

でも。
芽衣子のことを考えるときだけ、
胸の奥が、違う音を立てる。

スケッチブックを抱えている背中。
目が合うと、すぐ逸らす視線。
何も言わないのに、
何かを待っているような沈黙。
——俺は、
あの沈黙が、怖かった。
踏み込めば、
壊してしまいそうで。
でも、踏み込まなければ、
失ってしまうと、
どこかでわかっていた。

七星と話しているとき、
芽衣子の姿が視界に入る。
そのたびに、
「今じゃない」
そう、自分に言い聞かせた。
優しさを選んだつもりで、
実は、
何も選ばなかった。

作楪の声が、
イヤホンから流れる。

「誰かを傷つけない選択が、
一番、誰かを傷つけることもある」

息が、詰まった。

——俺が傷つけたのは、
七星じゃない。
芽衣子だ。
いや、
芽衣子“だけ”じゃない。
何も言わなかった自分自身も、
同時に、
置き去りにしていた。

雨上がりの空は、
少しだけ、色が抜けていた。
もう戻れないところまで、
来てしまったと、
そのとき、はっきりわかった。