わたしたちのカノン 桜嵐に聴こえる不協和音~ジュ・トゥ・ヴー あなたが欲しい~

桜嵐に聴こえる不協和音 ~ジュ・トゥ・ヴー あなたが欲しい~

第一曲 春に起こる風が呼ぶもの

 昨年の二学期に創設したばかりの星音学園中等部・合奏部の部長――ことあたし、桐野結(きりのゆい)はめでたく二年生に進級。部活紹介で披露した『シング・シング・シング』は大成功をおさめ、そのおかげで部員が九人も増えた。
音楽がさかんな星ノ宮市では、小さい頃から楽器に触れている人が少なくない。
だからもっと部員が増えるかな……と思っていたけれど、オーケストラ部のほうが成績優秀だから、そっちにとられてしまうのは仕方がないともわかっている。

「だから部長の力不足ではありません!」
「いやなんも言うてへんやん」
 あたしの叫びに応えてくれたのは、副部長の葉月豪(はづきごう)。金髪とメガネが特徴で、あたしと同じ二年生。……なんだけど、なんとなく頭が上がらないのはあたしが頼りない部長だからかな。
「ええやん、別に。入ってくれた一年生が続けてくれれば、俺らが卒業しても部活は存続できるわけやし」
 葉月くんが、入部届を眺めながら言った。
 新たに入部してくれたのは、全員一年生。
 弦楽四重奏とピアノ五重奏の二グループだ。
「……卒業しても、か。うん、そうだよね」
 あたしたちが卒業しても合奏部は残ってほしい。
 それはそうだけど、卒業のことはまだ考えたくないな。
 もっと続けたい。
 今の合奏部を。ピアノ三重奏(トリオ)を。
「こんだけ人数増えたら、シャッフルとかできそうやん?」
「アンサンブルの編成のこと? 部員をバラバラにして新たに組み合わせるってことだよね。それはあたしもちょっと考えてて……」
 葉月くんの提案は、確かにあたしも考えたことがあるものだった。
 もともと編成を組んでから入部してもらっているわけだけど、せっかくヴァイオリニストやらトランペッターやらいろんな楽器奏者が揃っているんだから、組み合わせを変えるのもおもしろいかなって。
(ただ、そっちを練習してるあいだはピアノ三重奏ができないってことだよね)
「えー、めんどくない、それ?」
 スマホから顔を上げてそう言ったのは、美山奏(みやまかなで)。あたしと一緒にピアノ三重奏を組んでいるチェリストだ。
 音楽室にいるのは、この三人。
 本当はピアノ三重奏の練習をする予定だったんだけど、もうひとりのメンバーであるヴァイオリニストの九能(くのう)アキラが不在のため雑談をしている次第です。決してサボっているわけではないのです。
 ちなみに、金管五重奏のメンバーで今日は練習日ではないはずの葉月くんがなんでここにいるのかは不明。ヒマつぶしかな?
「めんどくさい?」
「だって、気が合わない人とやるの、むっちゃ大変じゃない?」
「それはまあ……」
 それはそう、と思いながらも、部長として口に出してはいけない気がしてくちびるを引き結んだ。
 とはいえ、奏の言葉はちょっとうれしくもある。
 奏にとっては、あたしも九能くんも「気が合う人」ってことだもんね。
 あたしはぼんやりと九能くんの顔を思い浮かべる。
 最初は厳しくて冷たい印象しかなかったけれど、合奏を続けるうちに距離が縮まった気はする。
 ストイックな努力家だけど、意外と不器用なところがあったり。ただ鈍感なだけだったり。そんな一面を知れたのはよかったと思っている。
 一匹狼タイプの九能くんだから練習は和気あいあいってわけでもないんだけど、それはそれで奏にはやりやすいのかもしれない。
天才チェリストである奏は、どんな難曲もするりと弾けてしまう。だからこそ練習がつまらなく感じやすい。――でも、九能くんがいると刺激になる。
「九能とも気が合うん?」
 どうやら同じことを考えていたようで、葉月くんが奏を見る。
 奏は指でくるくると明るい色の髪を巻きながら首を傾げた。
「うーん、合うっていうかぁー。純粋じゃない? 案外」
「まあ、正直すぎる人間やからな。良くも悪くも」
「あんたみたいにウラがないし?」
「はぁっ⁉ 俺はウラオモテある人間ちゃうぞ」
「まったまたー。部長の前でカッコつけようとしてー」
「オマエなあっ」
 ――純粋で正直か。
 本当にそう。
 九能くんはただひたすらに音楽に対してまっすぐな人。
 彼から音楽をとってしまえば、それはきっと九能くんではなくなってしまう――それほどに。
 もやもやと考えていたあたしは、ふとスマホで時間を確認する。
「ねぇ、九能くんってなんで遅れてるんだっけ?」
 ヴァイオリンのソリストとしてたくさんのコンクールに出ている九能くんが忙しいことはわかっているけれど、理由もなく遅刻したりサボったりする人じゃない。
「……結ちゃん、あたしたちの話聞いてた?」
 奏が形のいい眉をきゅっとひそめた。前髪が短いから、眉間のしわまでくっきり見える。お人形のようにかわいい。
「だから九能くんの話でしょ?」
 練習時間は残り少ない。さすがに気になる。
 お互いに電話番号を交換しているとはいえ、校内では使用禁止だ。
「……帰ろ」
 葉月くんが仏頂面で立ち上がり、入部届の束をあたしに押しつけた。
「あれ? そういえばなんで葉月くんは残ってくれてたんだっけ?」
「……別になんも」
 そう言ってから、葉月くんは少し考え込むようなそぶりを見せた。
「――一応、言っておくか」
「え、なになに?」
「俺、見たんよ。九能が一年生の女子に呼び出されとるとこ」
「……え?」
 呼び出される……って、なに――。
 胸がざわつく。
「コクられてるってこと?」
 奏がきゃーっと声を上げた。
「知らん。ほな――」
 帰るわ、と葉月くんが言う前に、音楽室の扉がバーン! と勢いよく開いた。
 そこにいたのは、ひとりの女の子。胸元のリボンは――えんじ色。一年生だ。
 びっくりして声を失っているあたしたちに、彼女は宣言した。

「あたし、合奏部に入部します! ピアニストです!」

   *

 突然やってきた入部希望者は、水沢花恋(みずさわかれん)と名乗った。
 さらさらのロングヘアがきれいな女の子で、少し気の強そうな大きな目がこちらを見据える。
 あたしは戸惑いつつも、部長として立ち上がった。
「あ、ありがとうね。入部希望はとてもうれしいんだけど、うちはアンサンブルごとに入部してもらう形をとってて――」
「知ってます」
 うぅ、やりづらい……。
「えっと、ピアニストなんだよね? 一緒に組む人は……?」
「桐野先輩ってどなたですか?」
 水沢さんはあたしと奏を交互に見やる。するどい視線を向けられた奏は、無表情であたしに指先を向けた。
「ハイ、あたしが部長の桐野です」
 挙動不審になりつつもおそるおそる手を挙げると、水沢さんはずんずんとあたしの前まで進んできた。
「ピアノ、あたしと代わってください」
「……はい?」
 何を言い出すのだ、この子は。
 さすがの奏と葉月くんも、目をまん丸にしている。
「あたしのほうが、九能先輩と組むのに適していると思います。だからピアノ三重奏のピアノ、代わってください」
「えっと――」
「わかります、簡単にはゆずれないですよね。だから勝負しましょう。どちらがピアノの才能があるか」

 こうして、あたしは勝負を挑まれてしまったのだった。