月下櫻涙―花に散り、月に生きて―

それからの日々は、静かに、しかし確かに壊れていった。

左治衛は酒に溺れ、帰れば荒れ狂った。

拳が飛び、怒声が飛び、春の体は何度も土間に打ちつけられた。

「村の連中が……笑っていやがる!」

囲炉裏端で怒鳴る声が、夜ごと響く。

「その痣のせいで、俺まで化け物扱いだ!」

桜は母の腕の中で泣き叫び、春はどれほど殴られても、その小さな体を離さなかった。

「違う……この子は……」

声は、いつも掻き消された。

村の空気も、変わっていった。

井戸端では囁きが交わされる。

「首に桜の痕があるらしいよ」
「妖に違いないわ」

畑に出れば、男たちは鍬を止めて睨みつけた。

「その子を連れてくるな。作物に祟る」

子どもたちは石を投げて笑った。

「化け子! 化け子!」

彼らは知らない。

それが残酷な言葉だということを。

春は頭を下げ、何も言わずに去った。

背中で泣く桜の声が、骨に響いた。

やがて、古老が家を訪れた。

「春……村のためだ」

その言葉に、春の指が強張る。

「その子を、山に棄てろ」

一瞬、春の視線が揺れた。

山の方を、見てしまった。

――もし、この子がいなければ。
――もし、この痣がなければ。

胸が締めつけられ、息が止まる。

「……っ」

春は首を振り、自分を叱るように歯を食いしばった。

「この子は……何も悪くありません」

古老は冷たく言った。

「村を救うか、子を庇って滅ぼすか。選べ」

その夜から、村は春を避け始めた。