余命宣告、されてない

「実は私、もう長くなくて。」

長くない?
ドア越しの声はどうにも聞き取りづらくて、
耳を扉に押し当てる。

「長くないって言ったって、入院するのか?」
「そのつもりですが、まだ学校に行かせてください。」

私はこの声に聞き覚えがありすぎる。
この女子なのに高くなくて、穏やかで聞きやすい声。

「いやいや…いくら桜庭が言っても、ねえ。」
「まだ私は…」

夏休みが明けてから学校を休み、
風邪だと聞かされていた私達。
仲良くもないし、接点もない。ただのクラスメイト。

「桜庭…今は治療に専念しろ。」
「嫌です、病院には行けません。」

桜庭さんの姿を思い出すことは当たり前にできても、
誰かと話している姿が、どうしても思い浮かばない。
教室の中でいつも一人でいる背中だけが思い出された。

「桜庭は学校にこのままいて、何がしたい?」

先生の声が急に優しくなって、椅子を引く音がした。

「私はもっと高校生活を楽しみたいだけですよ。」
「楽しみたい…今後の行事といえど、
 参加できるものも限りがあるだろう?」
「わかってます、わかってます、でも私、
 このまま一人でいなくなるのは辛いんです。」

桜庭さんの声が震えているのと同時に私は我に帰った。
そうだ、忘れ物をとりに来たんだ。
どうしよう、今この状況で入るなんて度胸、私には…

「せめて一週間だけでも、行かせてください。」
「一週間…そうか、わかった。それなら…」

椅子をしまう音が聞こえた。
やばい、そろそろくる…!

「じゃあ先生、桜庭の分の教材持ってくるな。」
「教材、ですか?」
「ちょうど夏休み明けだからたくさんあるんだ。」
「わかりました。」

私は先生が扉を開けると同時に、反対側の扉を開けた。
そして先生が出ると同時に教室に入ることに成功した。

「伊藤、さん?」
「あ、ごめんね、桜庭さん私あの…」

桜庭さんがスクバを持ってしゃがむ私に近づく。

「もしかして…私の話聞いてたの?」
「う、うん!……ごめんなさい!」

私はしゃがんだまま、
桜庭さんに向かって大きく頭を下げる。

「いるならノックくらいしてくれたらよかったのに…」
「ごめんなさい、でも、
 桜庭さんと仲良くなりたいって思ったの」

桜庭さんの顔が明るくなった気がした。

「私じゃだめかもしれないけどさ、
 二人で最高の思い出、つくろうよ。」


**

「桜庭さーん、おはよう」
「あ、伊藤さん…今日からよろしくね。」

いつも一緒の友達二人には、
今日は早く行くからと一報を入れて、
桜庭さんに話しかけてみる。

「そうだ伊藤さん、灯って呼んでもいい?」
「わかった、じゃあ私は美香って呼ぶね!」

出だしは好調そうでよかった。
美香と仲良くできる一週間を、
大事にしていこうと心から思えた。

「灯ーおーはよー」
「灯、結局忘れ物大丈夫だったの?」
「あーうん、それより…」

私の友達の柚子と桃子と
四人で友達になることは可能なのだろうか。
そもそも三人組で、ハブられる側の私が、
いなくなったら、二人は………

「桃と話してたんだけど灯、カラオケ行かなーい?」
「ごめん、今日は…」
「ちぇー灯ってほんと釣れないよね、行こ桃。」
「う、うん…」

「美香、ごめんね。今日放課後、図書館行かない?」
「え?図書館?カラオケ行かなくていいの?」
「いいのー私が美香といたくて空けたんだから。」

**

「はぁ〜〜ッ、余命ねぇどうしたらいいんだろう。」

誰もいないトイレに一人で叫んでみる。
美香に寄り添ってあげたいし、
美香の言ってた青春ってやつを二人で叶えたい。
でも、初めて過ぎて、
どうしたらいいのか全然分からない。

「灯…?」
「桃子、え、どうかした?」

「灯、もうすぐいなくなっちゃうの…?」