泥棒猫

「別れよ」

意外とあっさり俺の口から出てきた言葉、「別れよ」。

俺にとっては辛く苦しい言葉だと思っていたけど、そうでもないな。

「…なんで?」

今にも泣き出しそうな彼女にとっては、辛く苦しい言葉なのかもしれないけど。

まあ、そんな訳ないか。きっと気の所為。

お前は、裏切り者だもんね。

「なんでって、自分でいちばん分かってんじゃないの。考えてみなよ」

気まぐれでわがまま。

自由気ままでマイペース。

いつも俺を振り回しては、愛らしい笑顔で俺を虜にした女。

まるで猫のよう。

俺は目の前の、魔性の猫に騙された。

この美しい、泥棒猫に。

「…やだ、分かんないよ…。別れたくない、私、大好きなのに…!」

嘘つき。

目からポロポロと美しい涙を流す。

その猫に、俺はまた心惹かれてしまう。

「裏切ったのはそっちじゃん。今更大好きとか言われても、気色悪いだけなんだけど」

「嫌だ、私本気で好きなの!大好きなの!なんで信じてくれないの!?」

うるさい。

この可愛い猫に何を言われても、説得力なんてどこにも無いというのに。

「だってさ、信じれるわけないじゃん。浮気した奴の『大好き』なんて言葉、誰が信じるかよ」

口角を少し上げながら言う。

目の前には、グズグズと嗚咽を漏らしながら汚く泣いている彼女。

騙したのは、裏切ったのはそっちなのにさ。

なんで、お前が泣いてるの?

「…ほんと、無理だわ」

気色悪い。

やり直すとかそういう気、一切ないのに。

浮気した泥棒猫を、まだ可愛いと思えてしまう自分が、本当に気持ち悪い。

ふと、最近見た黒猫が頭の中で蘇る。

あの黒猫は、素直で可愛かったなあ。浮気なんてしなさそう。

目の前の泥棒猫とは、大違いだ。

「ごめん、ごめんね、大好きだからぁ…!」

お前も、俺も、気色悪い。