鈍感な私は愛されヒロインです!?

「黒崎くん?」

 名前を呼ぶと、彼は一瞬だけこちらを見る。
 その目が、いつもより近い。

「今日さ……人、多いだろ」

「うん、すごいね」

「だから……」

 言いかけて、止まる。
 拳をぎゅっと握っているのが見えた。

「……お前、ああいうのに声かけられやすいから」

「え?」

「放っとくと、すぐどっか行くし」

 言葉はぶっきらぼうなのに、声のトーンがいつもと違う。
 怒ってるわけでも、威圧してるわけでもない。

 ——むしろ、焦ってる?

「大丈夫だよ」

 そう言うと、黒崎くんは小さく舌打ちした。

「……だから」

 一歩、距離が縮まる。
 思わず息を止めた。

「俺が、大丈夫じゃねぇんだっての」

 低くて、早口で、でも本音みたいな言い方。

「?」

 意味がわからなくて、私はただ瞬きをする。

 黒崎くんは、私の反応を見て、少しだけ困った顔をした。
 そして、誤魔化すみたいに視線を逸らす。

「……忘れろ」

 そう言って、私の頭に手を伸ばした。

 ぽん。

 軽くて、一瞬で、でも確かに触れた感触。

「……迷子になんなよ」

 それだけ言って、背を向ける。

「始まる。戻るぞ」

 先に歩き出す黒崎くんの背中を、私はしばらく見つめていた。

 ——今の、何だったんだろう。

 胸の奥が、少しだけざわつく。
 理由はわからないけど、心臓の音がさっきより近い。

「……変なの」

 そう呟いて、私は彼の後を追った。

 学園祭の音楽と歓声が、また一気に近づく。
 でも、さっきまでとは少し違って聞こえた。