鈍感な私は愛されヒロインです!?

「……桜庭」

 後ろから、月城くんの声。

 次の瞬間、腕を軽く掴まれて、半歩引かれた。

「前に出なくていい」

 低くて、静かな声。
 近い。思ったより、距離が。

「でも——」

「大丈夫」

 短く言われて、言葉が止まる。

 その隙に、瀬名くんが間に入った。

「ほらほら、理科遅れるって。実験始まっちゃうよ」

 軽い口調で、両手をひらひらさせる。
 相手の男子も、黒崎くんも、その空気に一拍遅れて反応した。

「……チッ」

 黒崎くんは舌打ちして、視線を逸らす。

「行くぞ」

 それだけ言って、歩き出した。

 相手の男子も、何も言わずに流れに戻る。
 周囲のざわめきが、少しずつ戻ってきた。

「ひよりちゃん、無茶しすぎ」

 瀬名くんが、私の横で小声で言う。

「え、そう?」

「そう」


 後ろを見ると、月城くんが少しだけ眉をひそめている。
 でも何も言わず、いつもの距離に戻っていた。

 ——なんだったんだろう。


 理科室の前に着くころには、
 黒崎くんはもう何事もなかったみたいな顔をしていた。

 ただ一つだけ。
 私の前に出た、その背中が、さっきより少しだけ近かった気がした。