鈍感な私は愛されヒロインです!?

「桜庭ってさ」

 不意に呼ばれて、顔を上げる。

「うん?」

 目が合う。
 すぐに逸らされるかと思ったのに、月城くんはそのまま視線を外さなかった。

「……変わんないよな」

「何が?」

「人との距離」

 少し間があってから、付け足すように言う。

「いい意味で」

 どう返せばいいのかわからなくて、
私は曖昧に笑った。

「そうかな」

 月城くんは、私の反応を確かめるみたいに、ほんの少しだけ距離を詰めた。

「……近くない?」

 そう言ったつもりだったけど、
自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。

「今さらだろ」

 月城くんはそう言って、肩をすくめる。

「前からこのくらいだった」

 その言い方が、妙に自然で。
 まるで、本当に“いつもの距離”みたいで。

 私は何も言えなくなった。

 夕方の光が、月城くんの横顔を照らしている。
 まつ毛の影が、頬に落ちていて、
それをじっと見てしまったことに、少し遅れて気づく。

「……見すぎ」

 小さく言われて、はっとする。

「ご、ごめん」

 慌てて目を逸らすと、
月城くんが、短く息を吐いた。

 笑っているのか、困っているのか、よくわからない表情。

「桜庭ってさ」

 名前を呼ばれるだけで、胸の奥が少しだけざわつく。

「無自覚なの、ずるいと思う」

「え?」

 意味がわからなくて聞き返したけど、
月城くんはそれ以上、何も言わなかった。

 ただ、さっきより少しだけ離れて、
いつもの距離に戻る。

「そろそろ帰るか」

「……うん」

 立ち上がりながら、
さっきの言葉が頭の中で引っかかる。

 無自覚。
 ずるい。

 何が、どこが、そうなんだろう。

 わからないままなのに、
胸の奥だけが、静かに熱を持っていた。