妻籠宿のあやかしさんたち


・【07 花ズッキーニと】


「じゃあ楽しみに待ってますねぇーっ!」
 当日、ハナマさんがカフェに来て下さったので、調理開始。
 一応、アレルギーの確認をすると、そこで重大なことが判明した。
「私は動物のお肉があんまり好きじゃないんですっ、何か美しくないというかぁ。特に挽肉なんてちょっと気持ち悪いですよねっ!」
 衝撃の事実……何故なら私と琢磨は挽肉のハンバーグを花ズッキーニに詰めようとしていたからだ。
 私と琢磨は顔を引きつらせながら、二人で厨房へ戻って行った。
 ヤバイ、もっと早く確認しておけば良かった……と、琢磨はしっかりと声に出してそう言ったし。
 琢磨は焦りながら、
「どどどどどどどうするっ?」
 とめっちゃどもっていて可笑しかった……なんて言ってる暇も無い。
 早くどうにかしないと、何か代替のメニューを考えなきゃ!
 そう思いながら、冷蔵庫を開けると、カフェでよく使うような卵やチーズや豆腐ばかりで、何か具になりそうな、メインを張れそうなものが無かった。
 あとは、ママの得意料理・伊達巻に使うはんぺんとか、ホワイトソースを作るための牛乳はまあたくさんある……待てよ。
「じゃあ魚肉ならいいってことだよね?」
 と私が琢磨に確認するように言うと、琢磨は妙に挙動不審にキョロキョロしながら、
「魚肉なんて今あったか?」
「はんぺんは魚肉だよ、はんぺんと卵と砂糖を練って伊達巻って作るわけだけども、砂糖を使わずにはんぺんと卵を練ったモノを花ズッキーニに入れればいいんじゃない? 甘くない伊達巻って美味しそうじゃない?」
「それは確かに美味しそうだ! さすがオミソ! 頼りになる!」
 そう屈託の無い笑顔で言った琢磨に、ちょっと胸がムズムズして一体何だろうと思った。
 まあ褒められて嬉しかったみたいなところだろう。早速作業を開始しよう。
 私は琢磨に指示を出した。
「まずはんぺんは袋の中のまま、開けないで手で潰して」
「分かった! そうする!」
 私は事前に薄く切っていた長ネギをフライパンで炒める。
 挽肉の具にしようとしていたモノだけども、これは上から掛けるソースにしよう。
 基本的にオリーブオイルで炒め、最後に香り付けにバターを入れる予定だ。
 琢磨は私に言われた通りに、はんぺんを袋のまま潰す作業。
 今日も琢磨は包丁を使わず手だけだ。
 というか包丁を使う工程は事前に私がやっていたので、あとは混ぜたり詰めたりするだけでいいはず。
 琢磨は、潰したはんぺんと、といた卵を混ぜ合わせ、和風だしの粉末を加えて、さらに混ぜていく。
 長ネギが透明になってきたところで、米粉を入れ、牛乳を少しずつ入れて都度混ぜて、ホワイトソースを作ることにした。
 ホワイトソースの味付けは塩コショウのみ。あくまでメインは花ズッキーニなので、ホワイトソースはそれだけでいい。
 また長ネギの甘みが出るので、砂糖などを入れる必要も無い。
 ホワイトソースを慌てず、じっくり作っている間に琢磨は花ズッキーニの花を一ヶ所だけ開き、雄しべはとって。
 そこに混ぜたはんぺん卵を詰めていき、花の先端をねじって止める。
 こういう細かい作業は割と琢磨が得意で、そこはもう完全に任せている。
 ちなみに琢磨は外にあるハーブを摘むことも得意だ。私は結構大雑把にやってしまうほうだ。
 決して雑な性格なわけではない。大胆不敵、むしろ大胆素敵だといっていいだろう。
 さて、そんな脳内のお洒落な駄洒落はいいとして、ホワイトソースはヘラからポタポタ落ちるほどに固まればOKとなる。
 ホワイトソースのフライパンは一旦置いといて、別のフライパンではんぺん卵を詰めた花ズッキーニを焼き始める。
 最初は水を入れて蓋を閉めて、蒸すように加熱していくところがポイントだ。
 しっかり固まって、焼き終えたところで、皿に盛り付け、そこにホワイトソースをできるだけお洒落に掛けていき、完成だ。
 ちなみに焼くのは私がしたが、ホワイトソースを掛けるのは琢磨だ。
 こういうのを芸術的に垂らすのは、琢磨のほうが上手い。悔しいけども。
 さて、完成した皿をハナマさんに差し出した。
 果たして、反応は……!
「わぁっ! 美しいです! 花ズッキーニって食べてみたかったんですぅ!」
 最初のリアクションは上々だ。
 あとは味だ。
「じゃあまず花のほうから……! ふわふわのはんぺんがおいしいですっ! 花も柔らかくて全然口当たりを邪魔しないんですね! 卵の香りも美味しいですぅ!」
 どうやらはんぺん卵のほうはバッチリみたいだ。
「次はズッキーニとホワイトソースも一緒に! おいしいですぅっ! とろとろのホワイトソースの優しい甘みにほどよい塩気が、ズッキーニのしゃっきり具合とマッチしてとてもおいしい! ふわふわ、しゃっきり、とろとろ、食感もいろいろで楽しいですぅっ!」
 良かった……今回は何か叫んで喜ぶというよりも安心したという感じだ。
 挽肉がダメというハプニングもあったし、噂が尾びれ背びれついてきたけども、その噂に勝てたという安心感が強かった。
 ハナマさんはニッコリ微笑みながら、
「花ズッキーニの黄色、ズッキーニの緑、そこにホワイトソースの自然な白、とても美しくてまるで絵画っ」
 あっ、絵画も好きだったんだ。
 あながち大間違いではなかったんだ。絵画のくだり。
「私の望みを聞いてくれてありがとうですぅっ!」
 とサムアップしたハナマさん。
 そう言って私よりも近くに立っていた琢磨を、ハナマさんはイスに座った状態から抱き寄せて、なんと琢磨の頬にキスをしたのだ!
 ちょっ! 何それ! どういうことっ?
 私は何故か一気に怒り心頭というか脳内がカッカッと熱くなってしまった。本当に何故か。
 でも琢磨は冷静に、
「ありがとうございます。ハナマさん」
 と言って優しく微笑んだ。
 何かそのリアクションも一段と怒りに拍車が掛かったが、今怒りだしたらせっかくの料理も台無しなので、黙っていた。
 そしてハナマさんは帰って行って、琢磨も何か厨房に行って、残った私はこの怒りの原因を改めて考えだした。
 いや実際なんで怒っちゃったんだろうな。
 そうだ、そうだ、別に怒るポイントなんて無いよ、無い、無い。
 何で琢磨の頬にハナマさんがキスしただけで、こんなに怒っちゃったのかな。
 いやあるわ。
 怒るポイントあったわ。
 琢磨にだけご褒美みたいなことして、私には何も無かったじゃん。
 その差に怒っていたんだわ、私。
 何だ、納得した、これで納得した、はぁ、良かったぁ。
 ……でも、琢磨が冷静にハナマさんへ微笑んだことも腹立ったんだよな。
 それは何でだろう。
 あぁ、あれだ。
 琢磨が『美園(オミソ)にもご褒美したほうがいいですよ』って言わなかったからだ。
 だから腹立ったんだ。
 あぁ、完璧に納得したわ。
 ……多分。
 その後。
 ハナマさんからエディブルフラワーを差し入れでもらった時に、エディブルフラワーでも良かったんだと分かった。
 そのもらったエディブルフラワーである、パンジーやモクレンを乗せたサラダを出したら嬉しそうにモシャモシャ食べていたので、本当に大丈夫だったらしい。
 じゃあまあいろいろ大丈夫だったみたいだけども、だけども、だけどもさぁ、と何か煮え切らないというか、モヤモヤする気持ちで終わってしまって、私はちょっと不満だった。