妻籠宿のあやかしさんたち


・【03 テーマを決めよう】


 日が暮れてきている五月初旬の夕方。妻籠宿の街並みに明かりがつき始める時間帯だ。
 普段は夕方の六時になると、私たちは帰っていいという感じになるんだけども、今日は二人であやかしさん側のカフェに残って、話し合いを始めた。
 勿論、ツバツさんの食欲を、そして元気を取り戻すためのメニュー作りだ。
 私は琢磨へ、
「さっきさ、琢磨、外見てたじゃん。何か考えていたの? それとも考えていたフリ?」
「フリなんてするはずないじゃん。あのタイミングでフリするほど度胸無いわ」
「じゃあ何か考えていたわけだ」
「うん、やっぱり食欲を元に戻したりするのって、ハーブが良いと思うんだよね。だから外にあるハーブ畑を見ていたんだ」
 このカフェの周りには、花壇にハーブや花をたくさん飾っている。その花もハーブだったりする。
 勿論そのハーブをハーブティにしたりすることもあって。ちなみに畑と呼ぶほど大規模なモノではない。花壇にちょっとだけ可愛く植えてある程度だ。
 まあ料理に使うこともあるから、ただの花壇よりは多めというか、花壇の域は広めで、ちょっとは庭に直接生えているハーブもあるし。
 私はうんうん頷きながら、
「ハーブね、食欲を増進させるハーブって言ったら何かな」
 すると琢磨はちょっと鼻で笑ってから、
「まあ食欲増進だけじゃなくて、疲労回復でもいいと思うけども。まあ食いしん坊なオミソはそればかりだろうけども」
 私は不満げに、
「いや琢磨が最初に食欲を取り戻すって言い方したんじゃん、それに乗っかっただけだよ」
「そうだったっけ、まあいいか」
 まあいいかで済ますな、自分のソレを。
 琢磨はカフェの中を歩きながら、
「じゃあまあちょっとそれぞれハーブの辞典を使って、何が合うか考えるか」
 ここはお洒落なカフェなので、お洒落そうな本が置いてある。
 その中にハーブの辞典が二冊ある。
 何で二冊あるんだろうと思っていたが、ついに真価を見せる日が来た。
 こうやって同時に見るためね。
 ハーブの辞典を読んでいき、私はすごく良いハーブを見つけた。
「このガラナってヤツ良くない? 疲労回復に滋養強壮だってさ!」
 と私が声をあげると、琢磨は小首を傾げながら、
「いや、どこで売ってるんだよ、そんな感じのヤツ」
「いや、えっと、探せばあるんじゃないの?」
 と、つい私は声を上ずらせながら言うと、琢磨が溜息をついてから、
「それにコーヒーの五倍くらいのカフェインって、そういうの歳とったあやかしさんが摂取するものじゃないだろう」
「歳とったって、実際ツバツさんの歳が人間から見て何歳か分かるのっ?」
「いや分からないけども、きっとそんなに若くは無いだろう。見た目も白髪だし、落ち着いているし」
「じゃあ琢磨は良い案無いのっ?」
「俺はそうだなぁ、ショウガとか……」
 と少し自信無さげに言ったので、反比例して私は少し声を荒らげて、
「いや普通! ショウガなんて普通に全料理に入れるわ!」
「全料理って! さすがにヨーグルトケーキには入れないだろ!」
「いやショウガは甘いモノにも合うからヨーグルトケーキにも入れますぅー!」
「まあそうかもしれないけどさ……」
 と先細りの声でそう言った琢磨。
 よっしゃ! 琢磨を論破してやった! ……って、そんなことをするために会話しているんじゃない。
 ちゃんと考えなきゃ、
「そうだ! 庭に生えているレモンバームなんてどうかなっ! 良い香りがして良いと思う!」
「良いに良いを重ねて喋るな。語彙力消失しているのか」
「それくらいいいじゃん! 語彙力は大人になってからが勝負でしょ!」
「今の積み重ねだろ、語彙力も。それにレモンバームは、まあ強壮作用はあるけども、メインの部分がイマイチだな」
 そう言った琢磨に私はう~んと唸ってから、
「まあ頭痛とかに利くことがメインみたいだけども……あっ! じゃあこれは! クコの実! クコの実も疲労回復にいいんだって! あれって甘くておいしいから私好きっ!」
「クコの実か、乾燥したヤツはある程度どこでも手に入るな……いいかもしれない」
 と頷いた琢磨に私は、
「というとスイーツかなぁ」
 と斜め上のほうを見ながら言うと、琢磨が淡々と、
「いや、甘いモノよりも、もっとほっこり食べられるモノのほうがいいだろう。そこからすぐ甘いモノにいくなんて安易だな」
「別に安易じゃないし! ちゃんと考えての発言だし!」
「クコの実と言えば、やっぱりお粥だろう」
 と琢磨が言ったので、私は確かにと思いながら、
「お粥! それなら食べやすそうだ!」
「じゃあお粥でいいなっ、これを軸にどんな食材を入れていくか考えていこう」
 そして私と琢磨は、田中さんや溝端さんが帰る時間帯の八時まで、二人でみっちり会議をしたのであった。