妻籠宿のあやかしさんたち


・【15 サヨナさんは威勢が良い】


「う~、ずっと筋肉痛だよ……」
 妻籠健康マラソンから五日が経ったけども、未だに体が痛くて、つい私は声を出してしまった。
 もう歳かもしれない。小学五年生と見せかけて本当に初老なのかもしれない。
 それに対して琢磨が笑いながら近付いてきたところで『聞かれた!』と思ったけども、もう後の祭りで、琢磨はデカい声で、
「オミソ、ババアじゃん」
 いやだからって! ハッキリ言うな! という気持ちを強く込めて、
「全然ババアじゃないし! ピチピチの鮮魚だし!」
「皮膚がだるんだるんの深海魚な」
「めっちゃハリがある鰹だわ!」
「やたら黒い鰹節にしかならなくて、すぐ捨てられたヤツ」
「全然ちょうどいい色になるし! 高級なたこ焼きに掛けられるし!」
 とツッコんだところで、琢磨がいつもの調子で、
「低級な政治家に食べられて」
「政治家は全部高級だわ!」
「だから誰がなっても一緒だと思って大人になっても投票に行かないヤツ」
「小学五年生からもう政治に興味津々だし!」
 琢磨はフフッと笑いながら、
「裏金、裏金って」
「全然そういうところに目がいってなかったし! 安心な未来を作ることしか考えていないし!」
「オミソの未来だけ真っ暗」
「そんなピンポイントな政策無いし!」
「オミソ税」
「何か料亭にかかった税金みたいだし! 私じゃないし!」
 と声を荒らげたところで、琢磨は立て板に水で、
「オミソは歩数分、毎日税金をとられる」
「いや動かないヤツのほうがダメだろ!」
「まさにそう、筋肉痛で全然動けていないオミソには税金をかけるべき」
「そんなっ、いいじゃん、いつも私のほうが接客多いんだから、琢磨もたまには動けよっ」
「俺はただの手伝いだもんな、別にいなくなったっていいんだぜ?」
 と言葉をひらりとかわすように言った琢磨。
 何だよ。そんな悪口言うんだったら、いっそのこといなくなれよ、ってもう言ってやろうっと。
「そんなに悪口言うんだったら、いっそのこといなくなっていいけどもね」
 と私が語気を強めて言うと、琢磨は何だか喰らったような表情をして、おっ、効いているのか? と思っていると、琢磨がゆっくり口を開き、
「いや……ついオミソとの会話が面白くて、ちょっと言い過ぎちゃったかも、ゴメン……」
 と普通に謝ってきて、いやいやここはもっとドギツイ言葉で返す、だろ! と思いつつ、
「謝罪系のボケはいいんだよ!」
「ぼっ、ボケじゃないわ!」
 とビックリしているように声をあげた琢磨がその勢いのまま、続ける。
「何か言い過ぎてることには気付いているんだけども、それ以上にオミソが面白いツッコミをしてくれるからつい調子に乗ってしまうことが多くて。本当に不愉快だったら謝る。ゴメンなさい……」
 何だよ、その感じ……でもまあ、何だ、本気で嫌とかではないかな。
 そういう会話術って感じで慣れているし、デカい声出すことも嫌いじゃないし。
 だからってそれをそのまま伝えると、望んでいるみたいに思われることは癪だし、いやでもこのまま謝罪のテンションでいられても困るし。
 まあここは率直に言うか、これも一つのオトナでしょ?
「別に。琢磨との会話嫌いじゃないし、あんまやり過ぎなければ今まで通りで大丈夫だけどもさ。まっ、私がオトナってことだね!」
 と毒舌どころを最後に入れてみて、琢磨の攻撃を待ってみると、
「本当にオミソはオトナだな、ありがとう」
 と屈託の無い笑顔でそう言って、何か調子が狂った。
 まあこういう時もあるか、と思ったところで、お客様が入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
 和智埜神社祭礼のあやかしさんのサヨナさんだ。
 サヨナさんは男らしくて私に優しいから、結構好きなあやかしさんなんだよね。
 でも琢磨はこの表情。苦虫を噛み潰したような表情。さっきまであんな笑顔だったのに。
 何で琢磨はサヨナさんに対しては、いつもこんな感じなんだろう。サヨナさんみたいにカッコイイ出で立ちに嫉妬しているのかな。
 はーぁ、これだから男子は……子供なんだから。
「今日も可愛いな! 美園ちゃんはっ!」
 そう言って私の頭をナデナデしてくれたサヨナさん。
 でもいつもより回数が少ない。何でだろうと思って上のほうを見ると、琢磨がサヨナさんの手を掴んだからだと分かる。
 琢磨は力強い声で、
「サヨナさん、オミソは子供じゃないんで、子供扱いしないで下さい」
 いやまあ確かにそうだけども、琢磨が言うな。
 いつもは子供を相手するみたいに馬鹿にしてるだろ。今日、たまたま謝ったけどもさっ。
 サヨナさんは明朗に笑いながら、
「おっと、それは悪かった! でも俺は子供扱いしたつもりはないんだっ、あまりにも美園ちゃんが可愛くて、お近づきになりたくてさっ!」
 と言って席に座った。サヨナさんは会う度に可愛い可愛いと言ってくれて有難い。何だか気分が上がるなぁ。
 サヨナさんは明るい調子で、
「美園ちゃん! 今日も仕事頑張ってるみたいじゃん! たまには休んでもいいよ……と言いたいところだけども、頑張っている美園ちゃんを見ると、こっちも元気が出るからさ、つい頑張っててもらいたくなるんだよねっ!」
 わーい! 元気が出るとか言われると本当に嬉しい! ちゃんと見ててくれている感じも何かウキウキするかもっ!
 そう心が踊っていると、琢磨が何だかサヨナさんのことを睨みながら、
「いやいやいや、何”見”てんだよ、このロリコンあやかし」
 するとサヨナさんも少し厳しい口調で、端々にトゲがある言い方で、
「ロリコン? 俺はそうやって人を年齢で見ないんだ、全ての女性は等しく接していきたいからね。そんなことをいちいち気にしていたら疲れるだろ、琢磨。今日は休んだらどうだ?」
 おっ、サヨナさんから休んだらと言われた。
 謝る直前までは『いなくなってもいいんだぜ?』みたいなこと言っていたし、本当に帰るかもなぁ。
 すると琢磨は拳を強く握りながら、
「ずっとここにいてやるよ、少なくてもオマエがいるうちはなっ!」
 いやいなくならないんかい! 渡りに船と思ってもいいのに! 謝ったことによりばつが悪くなって帰りたいと思ってもいいのに!
 んで、サヨナさんがいるうちはいるってどういうことだよっ。
 あんまり相性良くないならば、逆だろっ。サヨナさんがいる時だけいなくなって、それ以外の時はいろよ。
 まあいなくていいけども、いやいや働き手はほしいから、結果いてくれたほうがギリギリいいけども。
 サヨナさんは琢磨に対して、鼻で笑ってから、
「あんまりカリカリする男はモテないぜ、まあ琢磨は何してもモテないか」
 矢継ぎ早に琢磨が、
「別に、モテるとかどうでもいいし」
 と言えば、サヨナさんが即座に、
「まあ小学五年生には難しい話かっ」
 と両手を後ろ頭に回して、言った。
 すると琢磨がイヤミったらしい言い方で、
「というかそんな不特定多数に良い顔して楽しいか? それよりも一人の女性から愛されたほうがいいんじゃないか?」
「ほほう! 小学五年生にしては良い恋愛観じゃないか! じゃあ俺は美園ちゃんから愛されようかなっ!」
 そう言ってウィンクを飛ばしてきたサヨナさん。いや、カッコイイなぁ。真っ白の服に透き通った肌、短髪の茶髪が爽やかだ。
 それに対して琢磨が、
「だからやめろって! ドロリコン!」
 と何故か声を荒らげると、サヨナさんもちょっと大きな声で、
「ドロリコンってなんだよ! 泥みたいに言うな!」
「オマエは誰かと愛し合ってもすぐ泥の離婚劇になる!」
「おまっ! 泥だけに飽き足らず、余ったリコンという言葉まで使いやがって!」
「変態野郎がっ!」
「ついに直球で貶めてきた! そういう口の悪いところは本当に直したほうがいいぞ!」
 珍しく琢磨自身が熱くなって、語気を強めているなぁ。
 いやまあサヨナさんと喋っているといつもこんな口喧嘩のトーンになるけども。
 ちなみに私と喋っている時も言っている言葉は似たようなモノだけども、琢磨は笑いながら喋っている。
 だから私に対してはいつも余裕で馬鹿にしているんだと思う。腹立つ。
 で、今は余裕無く、攻撃しているってところかな。
 それにしても私がサヨナさんから好かれることの何が嫌なのかな。
 あぁ、私が誰かから好かれているだけでムカつくってことね。
 私を最底辺だと思っているから……めっちゃ腹立つじゃん。
 ここは、
「サヨナさんの言う通り、口の悪いところ直したほうがいいと思う!」
 とサヨナさんの味方をすることにすると、サヨナさんは私にサムアップしながら、
「やっぱりそうだな! 美園ちゃんもそう言っているんだ! 琢磨! まず俺との言い合いをやめろ!」
「……くっ、とにかくっ! オミソに近付くんじゃねぇ!」
 何でそんな私をハブらせようとしてくるんだよ。
 孤立させて馬鹿にしようとしてくるんだよ。全く、と思っていると、サヨナさんは琢磨に対してクスッと笑ってから、
「ほほう! やっぱりそうか! 琢磨!」
 琢磨はぐっと何かをこらえるような顔をしてから、
「……! そうかって、何だよ」
「いやいやいや! 本人以外にはバレバレだってことだよ!」
「いっ! 言うんじゃねぇぞ!」
 とドデカい声を出した琢磨に対して、サヨナさんは手を振りながら、
「俺は野暮じゃないからな、大丈夫だ、でも想ってるなら早く言えよ」
「うるせぇよ! 口出しするんじゃねぇっ!」
 ……何の話だろうか。
 もしや、琢磨は今のこの私を馬鹿にしている以上に、もっと馬鹿にする計画があるのかっ。
 怖すぎる! いやでもサヨナさんにその計画を聞こうかな! 分かってるみたいだし!
 でも怖い! 自ら聞くって怖すぎる! ここは知らぬが仏のスタンスで生きていこう……。
 サヨナさんは軽く息をついてから、
「全く、琢磨はうるさいヤツだな。ところで、今日は依頼があって来たんだ」
 というと、
「こういう料理を作ってほしいみたいな話ですか?」
「美園ちゃんは勘が鋭いね、まさしくその通りだ」
 やっぱり私は勘が鋭いんだ! オトナだからなぁっ!
 と、優越感に浸っていると琢磨が水を差した。
「いやどこが勘が鋭いんだよ」
「いや鋭いだろ!」
 と私がマンキンのツッコミを出すと、サヨナさんはニヤッと笑ってから琢磨へ、
「ん? 琢磨、言うのか?」
 と言うと、肩を落として琢磨は、
「いや別に……」
 と一気にトーンダウンした。
 というか言うとか言わないとか怖すぎる……琢磨は私に対してどんな悪口を用意しているんだ……いくら私の勘が鋭かったとしても、その言葉自体は察さないことにしないと……めっちゃ傷つく可能性があるから……いやこんな闇病みになっていても仕方ない、ここはヤミーな話をしようじゃないか、
「ではサヨナさん! どんな料理を作ってほしいんですか!」
「俺が作ってほしい料理は精力が付く料理だ!」
「元気が出る料理ってことですか?」
「まあそうだな、これからずっと精力満タンで生きていたいからな! それに七月の下旬には和智埜神社祭礼があるから、それに向けてどんどん強くなっていきたいしな!」
 とサヨナさんが腕を捲って力こぶを見せたところで、琢磨が冷めた言い方で、
「ニンニク擦って食べてろよ」
 と言ったんだけども、サヨナさんはそれには我関せずといった感じで適当にあしらうような手振りをしてから、私へ向かって、
「料理にしてくれよ、できれば今風の料理が良いなっ!」
 すかさず琢磨がまた、
「ニンニク擦って食べてろよ」
 と言ったんだけども、完ムシでサヨナさんは立ち上がって、
「じゃあまた明日来るから、よろしく頼むよ! 美園ちゃん!」
 そう言って私の手の甲にキスをしたサヨナさん。
 なんたるキザ! でも悪くは無い!
 でもそれを悪いと言うヤツがいた。
 琢磨だ。
「何してんだテメェェェェ!」
 そう言ってサヨナさんの背中を思い切り叩いた琢磨。
「おっ! 元気が良いなぁっ! でも俺は太鼓じゃないぜっ?」
 そう言って、何事も無かったようにカフェから出て行ったサヨナさん。
 フーフーと荒く肩で息をしながら怒っている琢磨。
 別にいいじゃん、それくらい。
 本当琢磨は私を孤立させて馬鹿にしたいんだな。嫌なヤツだ。
 こんな嫌なヤツと一緒にレシピを考えないといけないなんて。少し憂鬱だなぁ。
 琢磨は顔を真っ赤にしたままで、こっちを振り返って、
「ニンニク擦って顔に塗りたくってやろうぜ」
 と強い語気でそう言い放った琢磨。
「そんなカフェあるかーっ!」
 と私が大ツッコミのテンションで言うと、琢磨は首を横に振ってから、
「いや大丈夫、オミソに塗られればアイツも納得するだろ」
「私が塗りたくないわっ! そんな酷いことしたくないわっ!」
 このくだりは、この会話で終わったわけなんだけども、それ以降もずっと琢磨は機嫌が悪そうで。
 というか情緒不安定って感じでもあった。私の顔を見ると、急にそっぽ向いたり。
 そんなに私の顔は醜いかねぇ、超絶美人なんだから見惚れて全然いいのにさ。
 まあ琢磨なんかに好かれても嬉しくないけどね。いっつも悪口ばっかり。まあ今日は謝ったし、そういう言い合いだって別に嫌じゃないけども。
 むしろ良いツッコミできて良かったぁ、と寝る前に反芻することだってあるけども。
 午後五時を過ぎて、閉店の時刻になったところで二人でレシピを考えることにしたんだけども、何か琢磨はテーブルに着かずにうろうろしていたので、
「琢磨が真面目に考えないんだったら、私一人で考えるからっ」
 そう言ってから私はレシピの本を見始めた。
 すると、琢磨が一息ついてからこう喋り出した。
「オミソって、サヨナのこと好きなのか?」
「……好きって何?」
「好きってそのまんまの意味だよ、一緒にいたいかって話」
「まあ琢磨よりはね」
「そうか……」
 ん? もっと強い反撃がくると思ったけども、何かテンションが低いな。いつものボケ・ツッコミにならないのか?
 まあいいか、もう少しこっちから言ってみよう。
「琢磨って私に悪口言ってばっかりじゃん、それに比べてサヨナさんは優しい言葉をいっぱい掛けてくれるしっ」
「……」
「そりゃキザなところあるし、誰にでもそうやっているんだろうなとは思うけども、悪口言われるんだったら当然サヨナさんのほうが好きだよ」
 あっ、何かつい琢磨と比較しちゃっていたな。でもいいか、だって実際にそうだし。
 ……いや何か暗いな! 琢磨!
 ちょっと言い過ぎたかな。私はオトナなんだから、ちょっと優しくするかっ。
 アメとムチってヤツだよね、と、優しい言葉を掛けようとしたその時だった。
「さっきも謝ったけどもさ、本当にゴメン……つい、オミソのリアクションが面白くて……こっちが悪態つくと最高のツッコミしてくれるから……」
「いや! それさっきも聞いたからいいよ別に! 普通に何かボケ・ツッコミみたいなことしてるの、嫌じゃないからさ!」
 でも何か琢磨は本当に悩んでいるみたいな雰囲気を醸し出しながら、
「いやまあ、とは言え、そりゃ嫌われても当然だよな、嫌なことは間違いなく言ってるもんな、本当にゴメン、でも今も一緒にいてくれてありがとうっ」
 そう言って憂いを帯びつつも精一杯微笑んだ、みたいな表情をした琢磨。
 いや!
 いやいや!
「全然らしくない! 何なのっ! ここは悪口のタイミングだろ!」
 と私がマンキンのツッコミをかますと、琢磨はちょっと明るい顔になって、
「何それっ、悪口言われたいのっ?」
「いや! そういうことじゃないけどさっ!」
「フフッ、やっぱりオミソは面白いわっ、ゴメン、ゴメン、今の全部忘れて」
 そう言って琢磨も席に座って一緒に並んで、レシピの本を見始めた。
 いやいや。まあ。謝ったことは忘れる気無いけども。
 二回も謝ったということ、一生覚えているけども。
 でもまあそんな悪い気持ち一択で言っているわけではないようで、良かった。
 私もボケ・ツッコミって表現しているし、そう思っているし、琢磨もそんな感じで思っているみたいで良かった。
 そんなことを考えていると、琢磨がまるで空気を吐くように、当たり前のように、あっさりとこう言った。
「俺やっぱり、ツッコミが面白くて、いつも明るいオミソが好きだな」
「……えっ?」
 と私は生返事をしてしまうと、ハッとした表情で、口に手を当てた琢磨は、
「いや! 友達としてなっ!」
 と、すぐにそう大きな声で叫んだ。
 いや、そうだろうけども。友達として以外の好きなんてないでしょ。だから、
「うん、分かってるよ。私もまあ友達としては良いほうなんじゃない? ただし!」
 と私は琢磨のことを指差すと、
「……ただし?」
 と戦々恐々といったような顔をした琢磨へ、
「ちゃんと一緒にレシピ考えよう! こっちは仕事なんだぞっ!」
 よっしゃ、言ってやった。そう、仕事なんだ、このカフェは。
 それに対して琢磨は屈託の無い笑顔になって、
「そうだなっ、俺も頑張るよ」
 と言ってくれた。
 そうそう、そういう素直なところ、合格です。