妻籠宿のあやかしさんたち


・【12 熱くなるドリンクと】


 次の日、ケラソくんがウキウキでやって来た。
 私たちはケラソくんのために早起きして、やって来ている。大変だ。
 でも厨房の田中さんや溝端さんはもう来ている。というか毎日来ている。仕込みがあるから。
 大人って本当に大変だなと思いつつ、私もその大人に仲間入りできて、少し誇らしい。
 琢磨も何だか張り切っている。
 よっしゃ! 元気さなら負けられないぞ! と意気込んだところで、ケラソくんの大きな声が聞こえてきた。
「琢磨! オミソ! 熱くなれるドリンクちょうだい!」
「もうちょっと待って!」
 と私が声を掛けてから、また厨房の奥に入り、私と琢磨は厨房で最後の作業を始めた。
 基本的に金柑は既に甘く煮ているし、炭酸水もキンキンに冷やしている。
 さて、最後の作業は金柑の風味が逃げないように急いで金柑を包丁で叩いて細かくする。
 私は金柑を包丁で叩き、琢磨はグラスに金柑と炭酸水を量って入れていく。
 金柑の甘露煮の叩きは最後に混ぜるとして、炭酸と、そして私の案、ショウガだ。
 ショウガは体を温める効果がある。
 ただしそれは一度熱したショウガ限定だ。
 ショウガを入れれば何でも温かくなると思いがちだが、実際は一度熱さないとショウガのポカポカ感は出てこない。
 そのままショウガを入れたら、むしろ体は冷える。だから素麺の時はそのままショウガを薬味に使うのだ。
 でも今回は熱くなれるドリンクなので、ショウガを温めてから使う。
 勿論このショウガも一度熱したモノで、もう冷やしてある。
 ショウガは入れる過ぎると香りがキツくなるので、慎重に入れる。
 さぁっ、これらを混ぜて完成だ!
 グラスに入れて混ぜて、ストローを差して、ケラソくんのテーブルに差し出すと驚くべき答えが返ってきた。
「これじゃない!」
「「えぇっ!」」
 久々のユニゾンは失敗の声だった。
 いやいやいや!
「これじゃないってどういうことケラソくん! 私たち一生懸命作ったんだからせめて一口でもいいから飲んでよ!」
 琢磨も自信無さげだけども確実にゆっくりと、
「そうだよ、ケラソくん……せめてちょっとだけでいいから飲んでほしいんだ……」
 と言うと何かを察したようにケラソくんが声をあげた。
「あっ! そうじゃなくて! マラソン用のドリンクホルダーに入れてほしいということっ!」
「「……えっ?」」
 次のユニゾンは疑問のユニゾンだった。
 さて、ケラソくんの答え合わせ。
 外でストレッチをしているケラソくんと琢磨。いや私も走るんだから、しないといけないんだけども。
 つまりこういうことだった。ケラソくんはマラソンの練習をしている最中に、ドリンクを飲みたいということだったのだ。
 子供ならではのこの説明不足。というか日曜日の前日に走らないといけなくなるなんて。
 本番もう死んじゃうよ……。
 元気さは負けられないみたいなことさっき思っていたけども、もう負けでいいから一緒に走るの嫌だなぁ。
 ケラソくんはいつも夜に走り込みをしている。
 それは勿論、観光客に配慮してなんだけども、本番前にケラソくんは太陽が昇っている時間帯にも走りたいという話。
 いやでもあやかしが走る時間帯は観光客がいない夜なんだから、こんなお昼に走らなくてもいいのに、とこっちが言っても、あんま聞いてくれるような感じじゃなくて。
 なんというか「昼間も走りたい!」と一点張りでもう私は根負けしてしまったといった感じだ。
 で、一人でドリンクホルダーを持って走っていると、完全にドリンクホルダーが浮いてしまうので、その浮いている時間をできるだけ短くするために、両脇で私と琢磨で走って、飲み終えたらすぐに私たちに渡す、ということらしい。
 あやかし歴の長いというか、長く生きているあやかしさんはドリンクホルダーくらいなら、服と一緒で消せるらしいけども、ケラソくんレベルではまだ難しいらしい。
 いつもは慣れていないお昼に走りたい、だからドリンクがほしい、だから付き添いが必要だ、というわけらしい。
 さて、それなら私はいらなくない? 琢磨だけで良くない? という話し合いもあったのだが、それは二人でいたほうが会話もしやすいからということを言われた。
 ケラソくんと琢磨だけだと、まるで琢磨が一人で喋っているようになってしまうからということらしい。
 いやでも一期一会の観光客に変な子供って思われても良くない? と思ったが、それはとても嫌がった。
 カッコつけめ、と思ったが、それなら私一人でケラソくんについて走るパターンも全然ありえることになってしまうので、ここはもう二人で走ることにした。私一人で苦しむのは絶対嫌だから。
 ん? いや待てよ……というか、
「私はキックボードで良くないっ?」
 と私が言うと琢磨が即座に、
「何でだよ、歩幅とか合わせづらいだろ。オミソがケラソくんのドリンクホルダーを受け取る場合だってあるだろ」
 くっ! 正論かましやがって! その通りだなっ!
 というわけで、私と琢磨とケラソくんで妻籠宿内を走り出した。
 妻籠宿は基本的にどこもかしこも石畳なので、地面が硬くて膝に負担が……は、少し初老過ぎるか、いけない、いけない、オトナ過ぎた。
 とは言え、坂道が多いというか坂道ばかりで、アップダウンが激しくて、なかなか体力を奪われてしまう。
 またケラソくんがテンポが一定じゃなくて、急にスピードを上げたり、ゆっくり歩いたりするから、激ムズだった。結果めっちゃ疲れた。
 でもなんとか観光客に怪しまれず……いやまあ二、三回危ないシーンもあったけども、なんとか曲芸みたいなツラしてやり過ごした。
 ちなみに次の日の妻籠健康マラソンは、前日にコースを下見できたおかげでいつもより良いペースで走れましたっ。
 その後、ケラソくんからお礼のマラソンの誘いというモノがあったけども、全然お礼になっていないので普通に断りました。
 琢磨は一緒に走る気みたいな受け答えをしていたのに、私が行かないと言うと、琢磨も断って、一体何なんだ、とは思った。
 まあどう答えてもケラソくんは快活だから良かったけども。