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・【11 ケラソくんは全力少年】
・
私は憂鬱だ。
何故ならそろそろ妻籠健康マラソンがあるから。
妻籠健康マラソン。
それは妻籠宿をマラソンルートにして走る地獄の大会だ。
原則、妻籠宿に住んでいる子供は走らないといけないので、かなり嫌だ。
「私だけキックボード使えるようにならないかな」
そうポツリと呟いたことが私の運の尽きだった。
すると琢磨が待ってましたと言わんばかりに喋り始めた。
「妻籠健康マラソンのこと? あぁ、オミソは体が鉛だからなぁ」
「サイボーグみたいに言うな」
「いやサイボーグみたいに体術完璧じゃないから知ってる、体重絶壁だろうから」
「体重絶壁って何だよ、削れて軽そうだな」
「いやいや、体重が絶望的なぬりかべ状態のこと」
と否定してきた琢磨。
いや、
「妖怪のぬりかべ? いや絶望的なぬりかべって痩せているぬりかべのことじゃない?」
「じゃあ体重」
「体重が何なんだよ! ハッキリ言えよ!」
「太っている」
「太っていないし! 全然痩せているし! モデルだわ!」
と私はついデカい声でツッコんでしまうと、
「今流行っているプラスサイズのモデルな」
と琢磨が間髪入れずに言ったので、私は即座に、
「正統派のモデルだわ!」
「いやモデルに正統派とかそういう差別無いから、そういう発言良くないと思う」
「いや! 女子に太っていると言う発言のほうが良くないだろ!」
私のそれに対しては淡々と、眉一つ動かさずに、
「健康的という意味合いで言った」
「嘘だろ! 鉛に健康のイメージ無いわ!」
「鉛筆ならガリガリになる」
「いやガリガリはガリガリで健康的じゃないから!」
声を荒らげる私に琢磨は矢継ぎ早に、
「そしてガリガリにやつれてボロボロのキックボードに乗るオミソ」
「ちゃんとしたキックボードに持ってるし! そんな潮風に当てきったて腐りまくりのキックボードじゃなくて!」
「それは知ってるよ、オミソは海見たことないだろ」
「同じ長野県出身なんだから琢磨も見たことないだろ!」
「あるよ、俺は旅行で見たことあるよ」
……くっ、うちはパパもママも忙しいから旅行へ行ったことなんて無い!
私は少し唇を噛んでから、
「いやまあ海くらいカレンダーで見たことあるし!」
「画像じゃん、というか印刷された紙じゃん」
「だってパパもママも忙しいから旅行なんて行ったことないんだもん!」
「じゃあ俺たちがもうちょっと大人になったら一緒に海、観に行こうぜ」
そう言って笑った琢磨。
いや別に。その時は友達と行くわ。まあそれはそれとして、
「海よりも今は陸! あぁっ! マラソン大会嫌だなぁっ!」
と叫ぶような声でそう言ってしまうと、琢磨がカレンダーのほうを見ながら、
「まあ妻籠健康マラソンは六月の第一日曜日だから、あと二日か。今日が五月最後の日で」
「日曜日は休みの日でしょうがぁっ!」
「そんな鬼気迫る勢いで叫ぶなよ」
「六月の第一日曜日、何で今年は二日なのっ? 全然猶予が無いじゃん!」
「いくら猶予あったって、いつか来るんだから、もう観念しろよっ」
そう言ってクスクス笑う琢磨。
何だよ。せめて豪快に笑え。さっきの海観に行こうぜの時みたいに快活に笑えよ、全く……。
というか私と一緒に海を観に行くことの何が楽しいんだが。絶対友達同士で行ったほうが面白いでしょ。
……あっ、お客様のあやかしさんだ。というか、あっ、ケラソくんだ。
ケラソくんは今ちょうど話していた妻籠健康マラソンのあやかしさんで比較的最近生まれたあやかしさんらしい。
と言っても私よりも十分長く生きているんだけども、見た目は小学一年生といった感じだ。いつでも半袖短パンだ。
ケラソくんは本当子供のように明るく元気で……まあとにかく元気だ。
ケラソくんは腰に手を当てながら、
「美園! 琢磨! 遊びに来たぞ!」
子供だから敬語の使い方もなっていないし……って、別にいいんだ、実際は私よりも年寄りなんだから。
救いは私のことをオミソじゃなくて、ちゃんと美園と呼ぶところだ。
琢磨はケラソくんにたいして、お兄さんのような喋りっぷりで、
「ケラソくんがカフェに来るなんて珍しいな、あと美園じゃなくてオミソって呼ぶんだぞ」
私はハッとしてから、
「……いや! 何を教えているんだよ! 全然美園で大丈夫だから!」
それに対してケラソくんは快活に、
「そうかっ、美園はオミソと言うんだったな、覚えた覚えたっ」
いや覚えちゃった! これからオミソ派がまた一人増えちゃったよ!
ケラソくんはニシシッと子供っぽく笑いながら、
「ところで琢磨にオミソ、オレっちにも良い料理作ってくれよ!」
最近あやかしさんからの料理のオーダーは本当に多い。
率直に言うとめっちゃ嬉しい。みんな認めてくれているということだから。
琢磨は小首を傾げながら、
「ケラソくんが作ってほしい料理って何だ?」
ケラソくんは身振り手振りで喋り出したけども、どうも内容と動きが合っていない感じで、
「料理ってもんじゃないんだけどもさ、元気が出るドリンクを作ってほしいんだよね! 気合が入るような! ガーッと熱くなれるドリンクがっ!」
私はう~んと唸ってから、
「というとアツアツな味噌汁みたいなこと?」
琢磨は大笑いしながら、
「バカ、オミソ! オマエじゃないんだから! 冷たいドリンクに決まってるだろっ!」
即座に私は、
「私の”ミソ”はきっと美園のミソです! せめてそうでなきゃおかしいでしょ!」
とツッコむと、琢磨は首を横に振って、
「いや俺は大豆の味噌感覚で言ってる」
「じゃあオレっちも」
とケラソくんも同調した。
私はムッとしながら、
「いや何で大豆の味噌にしちゃうんだよ! 私に大豆要素無いだろ!」
琢磨はフフッと笑ってから、
「何か発酵した匂いしてるから、端的にクサいのか?」
それに対してケラソくんは目を見開いて驚きながら、
「えっ? オミソはクサいのか? 嫌だなぁーっ、オレっちは嫌だ、そういうのっ」
と言ったところで、私はカッカッしながら、
「クサいって言うなっ! クサくないし! めっちゃ柑橘系の良い香りだわ! そういうシャンプーで洗ってるから!」
すると琢磨が優しい冗談っぽい声で、
「嘘、嘘、オミソはいつも爽やかな、そう、柚子味噌だよ」
いや!
「だから味噌じゃないし!」
ケラソくんは包括するように頷いてから、
「というわけで明日までにオレっち好みの熱くなれるドリンクを作っておいてくれよな! あと明日の早朝に来るからそれまでに作っといてくれよな!」
朝!
いやまあ土曜日だからいいけども。そして最悪の日曜日が次の日にある。まあとりあえず、
「今日の夕方にレシピでも考えようかっ」
「そうだな、熱くなれるドリンクか……まず材料を買いに行かないか? そろそろ観光客もあやかしさんたちもやって来る人数が減る時間帯だ。先にいろいろ買っておいたほうがいいかも」
そう言って厨房のほうへさっさと入っていった琢磨。
まあそのことを伝えに行ったんだろうけども、行動の相談がイマイチ無いからなぁ。いや別にそれでいいんだけどさ。
琢磨が戻ってきたところで、こっちへ向かってサムアップしながら、
「OK、一緒に行こう、オミソ」
と何か妙にカッコつけて言ってきたので、ダサいなぁ、と思って吹き出してしまうと、琢磨は慌てながら、
「いや! サムアップは普通だろ!」
と額から汗を吹き出しながら言い出して、さらに可笑しかった。
というわけでまあ、二人で妻籠宿をキックボードで移動し始めた。
キックボードはカフェにいつも立てかけている。
五月末旬の妻籠宿、季節外れのツツジが咲いていて、新緑に囲まれていて綺麗だった。
もう夏が近くて、でもまだ気温的にはそれほどでもないため、涼しい風が吹いている。
緑の香りも相まって、何だかちょっとノスタルジックな気分になった。
全然、まだまだこちとら小学五年生なんだけども、まあ私はオトナなので、精神的にはもう初老なのかもしれない。
私の少し先を行く琢磨は多分方角的に八百屋さんに向かっていると思う。相変わらず、どこへ行くかの会話も無かったけども、多分そうなんだと思う。
大体ドリンクときたら甘い飲み物だろうし。きっと果物を買うんだろう。
でも、
「一体何を作る気なのっ? レシピ考えるほうが先じゃない?」
後ろを、私のほうを振り返らず、喋る琢磨。
「いやでも考えはあるんだ」
「何それ、教えてよ」
「金柑の甘露煮を使ったドリンクなんてどうかな、金柑は体に良いし、それを甘く煮て潰して炭酸で割るんだ」
「ふ~ん、結構爽やかそうでおいしそうだね、どこからその案はきたの?」
「いやっ、まあっ」
と言って黙った琢磨。いや言えよ。急に黙るな。
私は少し厳しめの口調で、
「まあじゃなくて言えよ、案の出どころどこだよ」
と言うと、琢磨が後ろ姿からでも困っていることが分かるように、頭を揺らしながら、
「いや……えっと……」
何か言いづらいのか? 言いづらいということは何かやましい、というか、やらしいことなのか? 嫌ねぇ、男子って。
「まあ言えないならしょうがないけどね、私、オトナだから勘付いてあげますっ」
と言ったところで琢磨が少し落ち着いたトーンで、
「いや言うよ」
「じゃあ何よ」
「オミソから柑橘系の香りがして、そこから金柑が思いついた……」
いや私のシャンプーの香り感じていたんかい! で! 何が言いづらいんだよ! あぁっ! そうか!
私の柑橘感を認めることが嫌だったわけね! 味噌、味噌と悪口を言いたいから!
なるほど! なるほど! でも!
「そういうのはすぐ言いなさい! ほら! やっぱり私、良い香りだったんだぁっ! 味噌じゃない! いや味噌も良い香りだけどね! 人には使わないからね! 味噌は!」
とまくし立てると、琢磨は言いづらそうに、一瞬言葉先をどもりながら、
「ぃいやだってさ、オミソの香りからきているって何か、気持ち悪くなかった?」
「ううん、全然っ! むしろ味噌って言われるほうが気持ち悪いわっ!」
「そっか! そりゃそうだよなっ! ハハッ!」
とカラッと笑った琢磨。何か機嫌が良さそうになって良かった。
いや別に琢磨が機嫌良くなろうがなんだろうが、どっちでもいいけども。まあ機嫌良いほうがいいか、一緒にいるんだから。
一緒にいるヤツが嫌な顔していたら嫌だもんな。いや私結構嫌な顔しているわ! 琢磨にいろいろ言われて!
何か腹立ってきたな! いやでも怒るな私。
何故ならオトナだから。そんなことを考えながら、妻籠宿では大きい八百屋さんに着いた。
この八百屋さんは妻籠宿全体の野菜や果物を卸しているので、季節外れのモノもいっぱい置いてある。
本来金柑の時期ではないけども、こうして手に入れることができた。
少し小ぶりだけども、綺麗な橙色で日差しに当てると光って、まるで宝石だ。
こういう季節外れの果物や野菜も、妻籠宿の料理を出している店が、咄嗟に買いに来たりするから置いてあるんだなぁ。
私たちはお目当ての品を手に入れて、意気揚々と帰って行った。
・【11 ケラソくんは全力少年】
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私は憂鬱だ。
何故ならそろそろ妻籠健康マラソンがあるから。
妻籠健康マラソン。
それは妻籠宿をマラソンルートにして走る地獄の大会だ。
原則、妻籠宿に住んでいる子供は走らないといけないので、かなり嫌だ。
「私だけキックボード使えるようにならないかな」
そうポツリと呟いたことが私の運の尽きだった。
すると琢磨が待ってましたと言わんばかりに喋り始めた。
「妻籠健康マラソンのこと? あぁ、オミソは体が鉛だからなぁ」
「サイボーグみたいに言うな」
「いやサイボーグみたいに体術完璧じゃないから知ってる、体重絶壁だろうから」
「体重絶壁って何だよ、削れて軽そうだな」
「いやいや、体重が絶望的なぬりかべ状態のこと」
と否定してきた琢磨。
いや、
「妖怪のぬりかべ? いや絶望的なぬりかべって痩せているぬりかべのことじゃない?」
「じゃあ体重」
「体重が何なんだよ! ハッキリ言えよ!」
「太っている」
「太っていないし! 全然痩せているし! モデルだわ!」
と私はついデカい声でツッコんでしまうと、
「今流行っているプラスサイズのモデルな」
と琢磨が間髪入れずに言ったので、私は即座に、
「正統派のモデルだわ!」
「いやモデルに正統派とかそういう差別無いから、そういう発言良くないと思う」
「いや! 女子に太っていると言う発言のほうが良くないだろ!」
私のそれに対しては淡々と、眉一つ動かさずに、
「健康的という意味合いで言った」
「嘘だろ! 鉛に健康のイメージ無いわ!」
「鉛筆ならガリガリになる」
「いやガリガリはガリガリで健康的じゃないから!」
声を荒らげる私に琢磨は矢継ぎ早に、
「そしてガリガリにやつれてボロボロのキックボードに乗るオミソ」
「ちゃんとしたキックボードに持ってるし! そんな潮風に当てきったて腐りまくりのキックボードじゃなくて!」
「それは知ってるよ、オミソは海見たことないだろ」
「同じ長野県出身なんだから琢磨も見たことないだろ!」
「あるよ、俺は旅行で見たことあるよ」
……くっ、うちはパパもママも忙しいから旅行へ行ったことなんて無い!
私は少し唇を噛んでから、
「いやまあ海くらいカレンダーで見たことあるし!」
「画像じゃん、というか印刷された紙じゃん」
「だってパパもママも忙しいから旅行なんて行ったことないんだもん!」
「じゃあ俺たちがもうちょっと大人になったら一緒に海、観に行こうぜ」
そう言って笑った琢磨。
いや別に。その時は友達と行くわ。まあそれはそれとして、
「海よりも今は陸! あぁっ! マラソン大会嫌だなぁっ!」
と叫ぶような声でそう言ってしまうと、琢磨がカレンダーのほうを見ながら、
「まあ妻籠健康マラソンは六月の第一日曜日だから、あと二日か。今日が五月最後の日で」
「日曜日は休みの日でしょうがぁっ!」
「そんな鬼気迫る勢いで叫ぶなよ」
「六月の第一日曜日、何で今年は二日なのっ? 全然猶予が無いじゃん!」
「いくら猶予あったって、いつか来るんだから、もう観念しろよっ」
そう言ってクスクス笑う琢磨。
何だよ。せめて豪快に笑え。さっきの海観に行こうぜの時みたいに快活に笑えよ、全く……。
というか私と一緒に海を観に行くことの何が楽しいんだが。絶対友達同士で行ったほうが面白いでしょ。
……あっ、お客様のあやかしさんだ。というか、あっ、ケラソくんだ。
ケラソくんは今ちょうど話していた妻籠健康マラソンのあやかしさんで比較的最近生まれたあやかしさんらしい。
と言っても私よりも十分長く生きているんだけども、見た目は小学一年生といった感じだ。いつでも半袖短パンだ。
ケラソくんは本当子供のように明るく元気で……まあとにかく元気だ。
ケラソくんは腰に手を当てながら、
「美園! 琢磨! 遊びに来たぞ!」
子供だから敬語の使い方もなっていないし……って、別にいいんだ、実際は私よりも年寄りなんだから。
救いは私のことをオミソじゃなくて、ちゃんと美園と呼ぶところだ。
琢磨はケラソくんにたいして、お兄さんのような喋りっぷりで、
「ケラソくんがカフェに来るなんて珍しいな、あと美園じゃなくてオミソって呼ぶんだぞ」
私はハッとしてから、
「……いや! 何を教えているんだよ! 全然美園で大丈夫だから!」
それに対してケラソくんは快活に、
「そうかっ、美園はオミソと言うんだったな、覚えた覚えたっ」
いや覚えちゃった! これからオミソ派がまた一人増えちゃったよ!
ケラソくんはニシシッと子供っぽく笑いながら、
「ところで琢磨にオミソ、オレっちにも良い料理作ってくれよ!」
最近あやかしさんからの料理のオーダーは本当に多い。
率直に言うとめっちゃ嬉しい。みんな認めてくれているということだから。
琢磨は小首を傾げながら、
「ケラソくんが作ってほしい料理って何だ?」
ケラソくんは身振り手振りで喋り出したけども、どうも内容と動きが合っていない感じで、
「料理ってもんじゃないんだけどもさ、元気が出るドリンクを作ってほしいんだよね! 気合が入るような! ガーッと熱くなれるドリンクがっ!」
私はう~んと唸ってから、
「というとアツアツな味噌汁みたいなこと?」
琢磨は大笑いしながら、
「バカ、オミソ! オマエじゃないんだから! 冷たいドリンクに決まってるだろっ!」
即座に私は、
「私の”ミソ”はきっと美園のミソです! せめてそうでなきゃおかしいでしょ!」
とツッコむと、琢磨は首を横に振って、
「いや俺は大豆の味噌感覚で言ってる」
「じゃあオレっちも」
とケラソくんも同調した。
私はムッとしながら、
「いや何で大豆の味噌にしちゃうんだよ! 私に大豆要素無いだろ!」
琢磨はフフッと笑ってから、
「何か発酵した匂いしてるから、端的にクサいのか?」
それに対してケラソくんは目を見開いて驚きながら、
「えっ? オミソはクサいのか? 嫌だなぁーっ、オレっちは嫌だ、そういうのっ」
と言ったところで、私はカッカッしながら、
「クサいって言うなっ! クサくないし! めっちゃ柑橘系の良い香りだわ! そういうシャンプーで洗ってるから!」
すると琢磨が優しい冗談っぽい声で、
「嘘、嘘、オミソはいつも爽やかな、そう、柚子味噌だよ」
いや!
「だから味噌じゃないし!」
ケラソくんは包括するように頷いてから、
「というわけで明日までにオレっち好みの熱くなれるドリンクを作っておいてくれよな! あと明日の早朝に来るからそれまでに作っといてくれよな!」
朝!
いやまあ土曜日だからいいけども。そして最悪の日曜日が次の日にある。まあとりあえず、
「今日の夕方にレシピでも考えようかっ」
「そうだな、熱くなれるドリンクか……まず材料を買いに行かないか? そろそろ観光客もあやかしさんたちもやって来る人数が減る時間帯だ。先にいろいろ買っておいたほうがいいかも」
そう言って厨房のほうへさっさと入っていった琢磨。
まあそのことを伝えに行ったんだろうけども、行動の相談がイマイチ無いからなぁ。いや別にそれでいいんだけどさ。
琢磨が戻ってきたところで、こっちへ向かってサムアップしながら、
「OK、一緒に行こう、オミソ」
と何か妙にカッコつけて言ってきたので、ダサいなぁ、と思って吹き出してしまうと、琢磨は慌てながら、
「いや! サムアップは普通だろ!」
と額から汗を吹き出しながら言い出して、さらに可笑しかった。
というわけでまあ、二人で妻籠宿をキックボードで移動し始めた。
キックボードはカフェにいつも立てかけている。
五月末旬の妻籠宿、季節外れのツツジが咲いていて、新緑に囲まれていて綺麗だった。
もう夏が近くて、でもまだ気温的にはそれほどでもないため、涼しい風が吹いている。
緑の香りも相まって、何だかちょっとノスタルジックな気分になった。
全然、まだまだこちとら小学五年生なんだけども、まあ私はオトナなので、精神的にはもう初老なのかもしれない。
私の少し先を行く琢磨は多分方角的に八百屋さんに向かっていると思う。相変わらず、どこへ行くかの会話も無かったけども、多分そうなんだと思う。
大体ドリンクときたら甘い飲み物だろうし。きっと果物を買うんだろう。
でも、
「一体何を作る気なのっ? レシピ考えるほうが先じゃない?」
後ろを、私のほうを振り返らず、喋る琢磨。
「いやでも考えはあるんだ」
「何それ、教えてよ」
「金柑の甘露煮を使ったドリンクなんてどうかな、金柑は体に良いし、それを甘く煮て潰して炭酸で割るんだ」
「ふ~ん、結構爽やかそうでおいしそうだね、どこからその案はきたの?」
「いやっ、まあっ」
と言って黙った琢磨。いや言えよ。急に黙るな。
私は少し厳しめの口調で、
「まあじゃなくて言えよ、案の出どころどこだよ」
と言うと、琢磨が後ろ姿からでも困っていることが分かるように、頭を揺らしながら、
「いや……えっと……」
何か言いづらいのか? 言いづらいということは何かやましい、というか、やらしいことなのか? 嫌ねぇ、男子って。
「まあ言えないならしょうがないけどね、私、オトナだから勘付いてあげますっ」
と言ったところで琢磨が少し落ち着いたトーンで、
「いや言うよ」
「じゃあ何よ」
「オミソから柑橘系の香りがして、そこから金柑が思いついた……」
いや私のシャンプーの香り感じていたんかい! で! 何が言いづらいんだよ! あぁっ! そうか!
私の柑橘感を認めることが嫌だったわけね! 味噌、味噌と悪口を言いたいから!
なるほど! なるほど! でも!
「そういうのはすぐ言いなさい! ほら! やっぱり私、良い香りだったんだぁっ! 味噌じゃない! いや味噌も良い香りだけどね! 人には使わないからね! 味噌は!」
とまくし立てると、琢磨は言いづらそうに、一瞬言葉先をどもりながら、
「ぃいやだってさ、オミソの香りからきているって何か、気持ち悪くなかった?」
「ううん、全然っ! むしろ味噌って言われるほうが気持ち悪いわっ!」
「そっか! そりゃそうだよなっ! ハハッ!」
とカラッと笑った琢磨。何か機嫌が良さそうになって良かった。
いや別に琢磨が機嫌良くなろうがなんだろうが、どっちでもいいけども。まあ機嫌良いほうがいいか、一緒にいるんだから。
一緒にいるヤツが嫌な顔していたら嫌だもんな。いや私結構嫌な顔しているわ! 琢磨にいろいろ言われて!
何か腹立ってきたな! いやでも怒るな私。
何故ならオトナだから。そんなことを考えながら、妻籠宿では大きい八百屋さんに着いた。
この八百屋さんは妻籠宿全体の野菜や果物を卸しているので、季節外れのモノもいっぱい置いてある。
本来金柑の時期ではないけども、こうして手に入れることができた。
少し小ぶりだけども、綺麗な橙色で日差しに当てると光って、まるで宝石だ。
こういう季節外れの果物や野菜も、妻籠宿の料理を出している店が、咄嗟に買いに来たりするから置いてあるんだなぁ。
私たちはお目当ての品を手に入れて、意気揚々と帰って行った。



