ベッドの隣は、昨日と違う人

独白 〜 拓也side 〜






おっ、マッチングした。

ポチポチ……

📱
「拓也です。よろしくお願いします」

送信して、スマホを伏せる。

みいなちゃん、二つ下か。
写真の雰囲気、悪くない。

——いや、正直に言うと、けっこう好みだ。



俺は拓也。27歳。
マッチングアプリを使い始めて、もう半年になる。

彼女はいる。
付き合って三年目で、一個下。

いい子だと思う。
面倒なこと言わないし、空気も読む。
たぶん俺のことも、ちゃんと好きだ。

少し前に
「将来どうするの?」
「いつ頃考えてるの?」
って聞かれたけど。

……まあ、気持ちは分かる。
三年も一緒にいりゃ、そうなるよな。

でも正直、今じゃない。

まだ決める段階じゃないし、
決めない自由もあるだろ。
だって、三年付き合ったからって、
もう他を見ちゃいけない理由にはならない。

彼女よりいい子がいたら、
そっちに行けばいい。
いなかったら、今のままでいい。
別に、誰かを切り捨ててるわけじゃないし。

デートして、距離を縮めて、
「あ、これ最後までいけるな」って空気になる。
その瞬間が一番楽しい。

別に遊んでるつもりもない。
ちゃんと相手の話も聞くし、優しくしてるから問題ない。

ただ、俺は性欲、他のやつより強いんだよ。
やれるなら、毎日、それもいろんな子とやりたい。
日替わり定食って呼んでる。
うまかった定食はまた食べる。
ただそれだけ。



――あとは、なんと言ってもバレなきゃ問題ない。

彼女が傷つくのは、知ったときだけだろ。
なら、知られなきゃいい。

そう考えるのって、そんなにおかしいか?

現実的なだけだと思うけどな。


そう思いながら、今日も何事もない顔で、
アプリを開いてる。






しばらくして実際に会ったみいなちゃんは、
写真よりもずっと雰囲気が柔らかかった。

「はじめまして、みいなちゃん?」

「あ……は、はい……」

声、小さ。
目、泳いでる。

あぁ、こういうタイプか。

「緊張してる?大丈夫だよ。敬語、やめよ?」

そう言って笑うと、みいなちゃんは少しだけ安心した顔をした。

——隙、あるな。

会話はたどたどしいけど、ちゃんと聞けばちゃんと返ってくる。
否定しない。
距離を詰めても、引かない。

「写真より可愛いね」

そう言うと、分かりやすく照れる。

……隙だらけ。

「みいなちゃん、いつから彼氏いないの?」

「えっと……半年くらい、かな」

「へぇ。あ、俺?もー全っ然モテないよ」

本当はそんなことないけど。
こういう時は、下げるに限る。

「えー、そうなんだ」

「でもさ、今日みいなちゃんに会えてよかった。
こんな子に会えると思ってなかったから」

視線を合わせて、声を少し落とす。

テーブルの下で、そっと手を重ねる。

……引かない。

(いけるな)

「ね、もう1軒行かない?」

一瞬の迷い。
でも、すぐ頷く。

「……うん」

ああ、やっぱり。





二軒目を出て、夜風に当たりながら歩く。

「みいなちゃん、もうちょっと一緒にいたいな」

距離を詰めて、抱き寄せた。

拒まれない。

犬みたいな目で見上げて、
少し強引に、でも雑にならないように。

そっと、キスをした。

こういう時、
女の子は“流れ”を断ち切れない。

知ってる。

……女を落とす瞬間って、正直、気持ちいい。

その場の空気も、触れる距離も、
全部が自分のものになる感覚。

――でも。

一瞬だけ、胸の奥に引っかかる。

この子、たぶん本当は、
こんな扱いされるタイプじゃない。

……まぁ、いいか。

今は。

これで、今夜も、やれる。






マッチングアプリは、もう生活の一部みたいなものだった。
通知が鳴れば開いて、よさそうなら会う。
ただそれだけ。

同時に何人かとやり取りして、タイミングが合えば会う。
うまくいけば、そのままホテル。

何回も会って、やっとそこまで行けた子のときは、正直ちょっと達成感があった。
でも、そういう子ほど、そのあとが面倒になる。

「次はいつ会える?」
「今日は何してるの?」

——そういう連絡が増えたら、潮時だ。

だから俺は決めていた。
一回目で行けないなら、切る。

その方が楽だし、後腐れがない。





みいなちゃんは、あの日はすでに四回目だった。

それまでの三回、
全部いい感じだったし、正直、飯からのホテル、もう流れはできていると思っていた。

焼肉に連れていったのも、もちろんそのつもりだった。
ちょっといい店で、酒も入れて、あとは自然に——。

なのに。

「ごめんね。今日は……帰る」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

え?
今さら?

今まであんなに、雰囲気に流されてきたくせに。

頭の奥で、カチンと音がした。

(なんなんだよ)
(じゃあ最初から、そんな顔すんなよ)

口では「そっか」とか言ったけど、内心は最悪だった。

焼肉代、返せよ。

そんな言葉が、喉まで出かかった。





店を出たあと、俺たちはろくに目も合わさずに別れた。

そのまま帰る気にはなれなかった。
“そのつもり”で来てるのに、このまま何もなく終わるとか、ありえない。

だから、その足でそういう店に行った。

断られたまま帰るのが、どうしても我慢ならなかった。
金を払えば、余計な会話をしなくていいし、気を遣う必要もない。

──本当は、素人のほうがいいけどな。



はぁ、次にあいつを誘うときは、ちゃんと確認してからにする。

「今日は、やれ……いや、泊まれる?」って。

無理なら、最初から会わない。
時間も金も、無駄にしたくない。

そう思ったはずなのに。

なのに、頭の片隅に、
あのときの、少し困ったような目が、妙に残っていた。

(……めんどくせぇ)

俺は、スマホを伏せた。






そのあと、土日は彼女と会わなきゃいけないし、平日は仕事で忙しくなって、なかなか新しい子を探す余裕がなくなった。


みいなにも、連絡はしなかった。
悔しかったし、なんとなく負けた気がして。

そんなある週末、
先輩の結婚式の二次会に出ることになった。

同伴で彼女も連れてこいって流れで、
正直、面倒だった。

連れていけば、
また結婚の話をされるのは目に見えてる。

でも、一人で行くのも惨めだろ。

――彼女がいる俺。
そのほうが、まだマシだ。

会場で、ローストビーフを取ろうとしたとき。
女と手が当たりそうになって、顔を上げた。

みいな、だった。

向こうも一瞬固まってた。
そりゃそうだよな。

新婦の同僚。
そういえば、奥さん歯科衛生士って言ってたっけ。

そこに、彼女が駆け寄ってきた。

「拓也ー!まだー?」

……最悪のタイミング。

ご丁寧に、彼女だって挨拶までしやがった。
でも、みいなは空気を読んで、
ただの知り合いみたいに振る舞ってくれた。

そのあと気づいた。
みいな、男と来てた。

彼氏いないって言ってたくせに。
しかも俺より背が高くて、
正直、見た目もいい。


みいなもみいなで、ちゃんとした服で、髪も綺麗にしてさ――

あんなふうにしたら、
めちゃくちゃ可愛いじゃんか。

最近少し太ってきた彼女より、
全然、目を引いた。

……なんだよ。

気づいたら、無意識に目で追ってた。



そうこうしていたら、ビンゴ大会で、みいなが一等を取った。

あいつが彼氏じゃないって、分かった。
でもさ……あの距離感。

あれは、もうすぐ付き合うだろ。

もっかい連絡したら、間に合うか?
もっと強く出たら、引き戻せるか?

そんなこと考えてた。

でも、トイレの前で会ったとき。
はっきり言われた。

「もう会わない」って。

あの目は、
もう流される女の目じゃなかった。

……逃した魚、でかかったかもな。

もう、
あの顔も、声も、
二度と手に入らない。

そう思ったら、
胸の奥が、妙にざらついた。






「拓也ー!今日この後どうする?
……うち、来る?」


正直、
あいつのことで頭がいっぱいで、
彼女のことなんて考えたくなかった。

でも、
あいつが今日一緒にいた男のことを想像したら、ムカついた。
胸のあたりが、変に熱くなる。

……嫉妬?
まあ、そうだろうな。

「おう、行くわ」

彼女でいい。
誰でもいい。
このざらつき、
今夜のうちに抜いときたかった。

こういう時、やれる相手がいるって、楽だ。
金もかからないし、
機嫌も取らなくていい。

だからさ、
彼女って立場の女は、必要なんだよ。

帰り際、
俺は彼女の耳元に、低く言った。

「今夜は、寝かせねぇから」

「……えっ?」

彼女は笑って、自分のワンピースを指でつまむ。

「なに?これ?いつもより可愛い?」

「……まぁな」

そう答えながら、
頭に浮かんでたのは、別の顔。

——代わりだ。
今夜は。

それでいい。
それで、十分だろ。





家に着いて、靴を脱いだところで、
彼女がふと、足を止めて聞いた。

「……ね。今日、なにかあった?」

一拍。
俺は上着を脱ぎながら、ほんの少しだけ間を置く。

「別に」

声は、いつもと同じ。
でも、その返事に至るまでの間だけが、わずかにずれていた。

彼女は、それ以上は追ってこなかった。

ピコン。

そのとき、彼女のスマホが鳴る。
反射的に画面を見て、視線を落とす。

一瞬、笑みがこぼれた気がして。
普段なら気にも留めないのに、なぜか聞いてしまった。

「……誰から?」

「ん、お母さん。
明日、宅急便送るねって」

「そっか」

短く返すと、彼女はすぐにスマホを伏せた。

「……じゃ、シャワー借りるわ」
「あ、コーヒー淹れといて」

「……うん、わかった」

そのあと、廊下の先へ向かう俺を、
彼女がじっと見ていた気がした。

何か言いたげで、
でも言葉にはしない目。

気づいている、とまではいかない。
けれど、見逃してもいない――
そんな視線。

俺は、振り返らなかった。

パタン。

浴室のドアが閉まった。




シャワーのお湯が、頭から流れ落ちる。

ふぅ……

もう忘れよ。
みいなのことなんて。

また、他にいい子を見つければいい。
それだけの話だ。

……今日は、彼女で。
こっちはこっちで、悪くないし。

鼻歌が、無意識にこぼれる。

自分でも、驚くくらい軽い。

早く、スッキリしてぇ。





       ~拓也side~
          終