ベッドの隣は、昨日と違う人

最終話 わたしが選んだもの






大地の寝顔を、ちゃんと見るのは――
これが、初めてだった。

閉じた瞼。
少し緩んだ口元。
起きているときより、ずっと無防備で。

(……可愛い)

胸の奥で、そう思った瞬間、はっとする。

今まで一緒に過ごしてきた人たちに、
こんなふうに思ったことは、なかった。

愛おしい、なんて言葉。
自分には縁がないものだと思っていたのに。

(……大地……)

寝息に合わせて、小さく上下する胸元を見ているだけで、触れたいわけでも、近づきたいわけでもなくて。
ただ、この時間が壊れなければいいと思った。

今まで、流されるように関係を持ってきた人たち。
好きだと言われて、そういうものだと思って受け入れてきた時間。

でも――

この人には、違う。

大地の隣にいると、
何かを急ぐ必要も、証明する必要もなくて。

ただ、
こうして見ているだけで、胸が満たされていく。

(……これが……)

人を、ちゃんと好きになるってことなのかもしれない。

みいなはそう思いながら、
そっとひざかけを直して、
大地の寝顔から視線を離さずにいた。





大地が目を覚ましたのは、みいなの膝の上だった。
一瞬、状況を把握するみたいに瞬きをしてから、ゆっくり身体を起こす。

「……やば。ほんとにめっちゃ寝てた」

「うん。結構ぐっすり」

照れたように頭をかいて、大地は周りを見渡す。
レジャーシートの端、籐のバスケット、少し冷えた空気。

「そろそろ戻るか」

「うん」

二人でピクニックセットを片づけて、カフェに返しに行く。
並んで歩く距離は、さっきよりほんの少し近い。

そのままロープウェイに乗り込む。
今度は向かい合わせではなく、自然に隣。

揺れるゴンドラの中、景色を眺めながら他愛ない話をしていたけれど、
ふと会話が途切れた瞬間、肩が触れた。

どちらも、離れなかった。

ロープウェイを降りてからは、そのまま駅へ向かう。
帰りの新幹線では、今度はみいなのほうが眠くなって、気づけば大地の肩に頭を預けていた。

大地は何も言わず、ただそのままにする。
手だけは、ずっと繋いだままだった。

昨日の距離と、今日の距離。
同じはずがなくて、もう戻れないくらい、ちゃんと変わっていた。




新幹線を降りる頃には、空はすっかり夕方の色になっていた。
改札を抜けると、現実に戻ってきた感じがして、みいなは少しだけ寂しくなる。

「……なんか、あっという間だったな」

「うん……ほんとに」

駅構内で、軽く夕飯を食べることにした。
向かい合って座っているのに、さっきまで隣で眠っていたせいか、距離が妙に遠く感じる。

会話はあるのに、どこか名残惜しくて。
お互い、終わりが近づいているのをちゃんとわかっていた。

店を出て、改札前。
人の流れの中で立ち止まると、自然と足が止まる。

「……じゃあ」

そう言いかけて、大地は言葉を切った。
一度、息を吸ってから、みいなのほうを見る。

さっきまでの柔らかい表情じゃなくて、少しだけ真面目な顔。

「みいな」

「……うん?」

一瞬の間。
逃げ場を作らない距離で、大地が言った。

「今度さ……ゆっくり、うち、来ない?」

みいなの胸が、どくんと鳴る。

「えっ……」

一瞬だけ、間があった。
でもそれは迷いじゃなく、確かめるための間だった。

今日一日を、頭の中でなぞる。
偶然でも、流れでもなくて。
ちゃんと、自分の意思で、ここに立っている。

「……うん」

声は小さかったけれど、揺れてはいなかった。

「行く……」

大地は少し驚いたように瞬きをしてから、
ふっと肩の力を抜いた。

「……よかった」

それだけ言って、照れたように視線を逸らす。

改札の前。
人の流れが、絶え間なく横を通り過ぎていく。

もう、何かを確かめる必要はなかった。
触れなくても、
言葉がなくても、
ちゃんと伝わっている。

みいなは改札を抜けながら、振り返って手を振る。
大地は最後まで、みいなから目を離さなかった。

——わたしが、選んだ。

流される恋じゃなくて。
逃げないで、向き合うほうを。

この先に何が待っているかは、まだ分からない。
それでも。

胸の奥に残ったこの温度を、
大切に抱えたまま、
わたしは前に進んでいく。


胸の奥が、じんわり温かい。
それが答えだと、もう分かっていた。




        〜 【完】 〜



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