ベッドの隣は、昨日と違う人

55話 湯あがりの夜






「なぁ……もう一度、風呂いかねぇ?」

少し間を置いて、大地が言った。

「……うん」

みいなは小さく頷いてから、続ける。

「わたしも、まだ髪の毛洗ってないし」

その言い方が妙に自然で、でもさっきまでとは違って聞こえて、大地は一瞬だけ視線を逸らした。

「……そっか」

立ち上がるとき、二人とも少しだけ動きがぎこちなかった。
さっきまで隣にあった体温が、離れた途端にくっきり意識にのぼる。

「……じゃあ、行くか」

大地が、いつもより少し低い声で言う。

「うん……一緒に行こ?」

みいなが小さく返事をすると、
大地は一瞬だけ目を瞬かせてから短く笑った。

「おう」

部屋を出て、廊下を並んで歩く。
さっきまでの熱が嘘みたいに静まっているのに、
肩と肩の距離だけが、やけに近い。

浴場の前に着くと、暖簾が視界に入った。
男湯と女湯。ここで別れる、ただそれだけなのに、足が止まる。

みいなは、ほんの一瞬だけ大地を見る。

「……じゃあ」

「おう」

それだけのやりとり。
でも、目が合ったまま、視線は外れない。

「……ゆっくり、入ってこいよ」

「うん。大地も」

ほんの一瞬、照れたみたいに笑い合って、
それぞれの暖簾をくぐる。

背中越しに、同じ時間を感じながら。




髪を洗って、タオルを頭に乗せ、湯船に身を沈めた。
肩まで浸かって、ゆっくり息を吐く。

ふぅ……

(大地が、わたしを好きだって言ってくれた……
わたしも……大地のこと……)

今までずっと、流されるみたいに恋をしてきた。
好きって言われたから付き合うとか、
そのままの流れで、関係を持つとか。

でも、大地のことは――
ああ、これが本当に人を好きになるってことなんだ、って……
初めてわかった気がした。

(……今夜、どうなるんだろ)

考えすぎて、少しのぼせそうになる。
みいなは名残惜しく湯を出た。

新しい下着に着替えて、髪を乾かす。
鏡の中の自分は、いつもより少しだけ落ち着かない顔をしていた。

隣では、女子グループが楽しそうに話している。

「ねぇ、このあと楽しみじゃない? 夜鳴きそば!」
「ねー。寝る前だけど、今日くらいいいよね」
「うんうん、早く行こー!」

(夜鳴きそば……そんなのあるんだ。
大地、きっと行きたいって言うよね)

ドライヤーのスイッチを切り、最後に軽く整える。

大浴場を出ると、リラックスエリアのソファに大地がいた。
スマホを見ながら、すっかりくつろいでいる。

「大地。
てっきり、もう部屋に戻ったのかと思ってた」

「うん、そうしようと思ってたんだけどさ。
このあと……」

「「夜鳴きそば」」

声が重なって、思わず顔を見合わせる。

「え、みいな。なんで知ってんだ?」

「お風呂で女の子たちが行くって話してて。
大地、絶対行きたいって言いそうだなーって」

大地は少し照れたみたいに笑った。

「うん。めちゃくちゃ行きたい。
だから、待ってた」

「やっぱり」

みいなも笑って頷く。

「……行こ?」

「おう」

並んで歩き出す足取りは、さっきより少しだけ軽かった。



夜鳴きそばの会場は、思っていたよりも賑やかだった。
湯あがりの人たちが、ラフな格好で並んでいる。

「意外と人いるな」

「ね。でも、なんかいいね。こういうの」

列に並びながら、みいなはメニュー表を覗き込む。

「普通のラーメン?」

「うん、あっさり系らしい」

「夜にちょうどよさそう」

順番が来て、トレイを受け取る。
白い湯気が立ちのぼって、ふわっと醤油の匂いがした。

「うわ……美味しそう」

「な。こういうの、好きだわ」

向かい合って腰掛けると、自然と会話が止まる。
啜る音と、湯気だけが間に流れた。

「……あ、美味しー!」

「だろ」

大地が少し得意げに言う。

「こういうのさ、友達と来るのもいいけど……」

言いかけて、大地は言葉を止めた。

「……いや、なんでもない」

「なに?」

「あとで」

その一言だけで、胸の奥が小さく跳ねる。

食べ終わるころには、会場の人も少し減っていた。
器を返して外に出るに出ると、夜の空気がひんやりしていた。