夜明けが世界を染めるころ

俺は初めて会った少女と近くの公園にきた。


「……今じゃないって、どういうことだ?」

初めて会った少女に、俺は思わずそう問い返していた。
年下相手にする質問じゃない。
それでも、彼女は落ち着き払っていた。

「準備が必要ってことよ」

「準備?」

「そう。何の証拠もないのに、子供が訴えたって無駄でしょう?」

その言葉は冷静で、残酷なくらい現実的だった。

「言い逃れができないところまで、彼を追い込むの」

――まるで、裁きを語る大人のようだった。

「……そんなこと、できるのか?」

半信半疑で聞くと、少女は少しだけ首を傾けた。

「できるわ。私と、あなたならね」

そう言って、ふんわりと笑う。

その笑顔が、なぜか嘘に見えなかった。

「俺は、セナ。12歳だ」

「私はティアナ8歳よ」

「8歳!?」

思わず声が出た。
俺より4つも下じゃないか。

それなのに、この落ち着きようは何だ。
恐怖も、迷いも、表に出さない。

「それで、具体的にどうするんだ?」

「まずは証言を集めるの」

ティアナは指を折りながら言った。

「あのバルト男爵――かなり黒いわ。
仕事場での様子、事故の扱い。
同じような目にあった人たちが、きっといる」

「……話を聞くってことか」

「ええ。できれば署名も」

なるほど、と喉の奥で呟く。
復讐じゃない。
これは――戦いだ。

「わかった。俺、やってみる」

そう答えると、ティアナは少しだけ目を細めた。

「無理はしないで。命より大事な証言はないから」

……本当に、8歳か?

俺たちは手分けをして、人を訪ねた。

だが、現実は甘くなかった。

「そんなことしたら、うちがクビになる」

「悪いが、証言なんてできない」

「気の毒だが……帰りな。
こっちにも、生活があるんでね」

扉は閉ざされ、視線は逸らされ、
同情だけが、遠くに残された。

俺は何度も頭を下げた。
それでも、答えは同じだった。

(……くそ)

怒りより先に、悔しさが込み上げる。

正しいことを言っているはずなのに、
誰もそれを口にできない。

――その時、俺は初めて理解した。

ティアナが言った「準備」とは、
勇気だけじゃどうにもならない世界で戦うための、
冷酷なまでの現実対策だったのだと。

このままでは、何も変えられない。

それでも――
俺は、引き返す気にはなれなかった。