夜明けが世界を染めるころ


ふと宝石の光が強まる嫌な気配を感じた。
周囲の様子を伺う。
どこだ?

黒いモヤが見える。見つけた!
ぬいぐるみから出てる?

ぬいぐるみを持つミヤの呼吸が浅くなり、視線が揺れた。

「わたし……いらない……?」

その瞬間、空気が歪んだ。
不安と自己否定が、宝石を媒介に膨れ上がり、感情が暴走しかける。

「トワ下がって」

トワを自分の背後に隠れさせる。

「ミヤ!」

私は駆け寄り、ミヤの前に膝をついた。黒いモヤが私を遠ざけようとピリピリとした刺激を与える。
剣に手をかける寸前で、静かに息を整えた。

剣はダメだ。ここには子供達もいる、力を使うには人が多すぎる。
巻き込めない。
それにミヤと宝石が近すぎる、これでは万が一剣が逸れたりしたら大惨事になってしまう。
エマの時みたいに、宝石を引き剥がすのは難しそうだ。

騎士団達が様子を聞きつけて何人か集まってきた。


「お嬢様!」

テオが剣を抜いてこっちにやってこようとするのが見える。

「ダメ、テオ来ないで」

ピシャリと言い放つ私にテオがピタリと止まる。
後ろからアレンとロベルトも剣をもって参戦しょうとする姿が見え、それをテオがさっと止める。
それを確認してから私はミヤに目を向ける。


「顔を上げて。私を見て」

ミヤの瞳は涙で揺れていた。

「……わたし、捨てられたんだよ……」

捨てられた?
確かに孤児院に来る理由は様々だ。
だけどミヤの経歴を思い出す。


「それは、嘘よ」

はっきりと、否定する。

「ミヤ。あなたの両親は、事故で亡くなった。
不幸な、どうしようもない事故だった」

ミヤの目が見開かれる。

「……うそ……わたしなんていらない」

「本当よ。誰も、あなたをいらないなんて言っていない」

宝石の光が、一瞬揺らぐ。

私は続けた。

「この世界にはどうしょうもできないことだってあるの。
みんなに等しく優しい世界ではないの」

ミヤは唇を噛みしめる。

「でもね…残された者は、選べる。
不幸に飲み込まれるか、強く、正しく生きようとするか」

剣の宝石が淡く輝く。
抜かずとも、その波動がミヤのぬいぐるみの宝石と対話しているような気がする。


「あなたは、いらない子じゃない。
ここに生きている、それだけで意味がある」

ミヤの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
だけどまだ…足りない
思い出せ。

埃の匂いがする古い書庫。
古書店でディラン殿下が勧めてくれた一冊の本。

「浄化とは、断つことではない。
同質の宝石は、刃を介さずとも響き合い、
心の歪みを正しい位置へ戻す」

(……共鳴)

読んだだけだ。
実際にやったことは、一度もない。

失敗すれば、どうなるか分からない。

それでも――。

私は剣の柄を強く握りしめたまま、抜かなかった。
代わりに、柄の中央に埋め込まれた宝石に、そっと指先を当てる。

ラピスラズリ…どうか 私に力を。
ひやり、とした感触。
まるで深い水に指を沈めたような静けさ。